第17話 『最終確認&天界の小話』


「奇襲作戦、ねぇ。まあ出来なくはねぇが。」


弔木はまた楽しそうに語り始める。


「六条は夜汐なんたらに危害を加えたくない、それでいて無理矢理に突破しなきゃいけない。俺の剣は使えねぇしあそこは色んなものが散乱してたりして狭いところも多い。不都合だらけだな。」


「廃倉庫群に隠れてるとしてもビデオを見る限りこりゃデカい倉庫だろうな。あの辺は多少開けてるはずだが。」


片岸さんは端末に入っている地図アプリの航空写真を弔木に見せた。


廃倉庫群、といえば聞こえは言いものの、彼処は多少位置が整頓された不法投棄場である。例えるならば見武宗にあった『テレビ屋』だ。旧時代に使われていた倉庫などが積み重なったり、横倒しになって大量に置いてある。

多少人目につかない所であるため、誰も近寄ろうとはしない。


「ああ、倉庫群の方かと思ってた。」

「あんな狭いとこ、ホームレスでも行かないにゃよ。」


廃倉庫群は狭い。非常に狭いが、一つだけポツンと大きな倉庫が立っている。周りの倉庫と比較すればの話ではあるが、彼の辺は開けているため動き回ることは出来るだろう。



「大きな倉庫なら車を突っ込ませてもいいが……車だから緊急回避はできない。猫撫の目を使えば良いが多分『脚』で転移するだけで限界だろう。今日たくさん使わせちまったから。」

「それでもし壁から突っ込んで夜汐さんにぶつかってしまったら……ですね。」


ああ、と言って伽井さんは続ける。


「だから開けたところに突っ込んでくか……或いは…天井か?」

「全部私の体に悪いにゃ…」

「うるせ」


文句を垂れる猫撫さんに、伽井さんは思い切りデコピンをかました。

痛がる猫撫さんを横目に、伽井さんは話を続けた。


「でもこれって猫撫が夜汐さんを『脚』で奪還するだけじゃダメなのか?」

「多分ダメだな。あの枷、外すには本人の解除が必要だろ。」


片岸さんの率直な疑問に弔木は茶を啜りながら答えた。


確かに能力が付与されているなら殴ろうが蹴ろうが斬ろうが燃やそうが取れないだろう。


「私の交渉で何とかなりませんかね……まあでも解除くらいはしてくれそうですけど。」


流石に交渉に応じないほど人の心を持ってないとも思えない。私が交渉することにより外れるなら狙うはその外された瞬間だ。


「交渉で開放されるならいいが問題はその後だ。金髪を弔木に任せるとしても夜汐さんを転移させたら六条さんは置き去りだ。自力で走るにしろ廃倉庫群までは多少距離がある。」


「行きは頃合いを見て車で突っ込んで帰りは車ごと転移…はどうだろうか」

「やっぱり体に悪いにゃ!」

「うるせ。」


先程と同じように文句を垂れた猫撫さんに、伽井さんは思い切りデコピンをかました。


「まあ後の事は弔木が動きを止めれば大丈夫でしょうし……」


私は呑気に欠伸をする弔木に目をやり、そう言った。


夜汐さんを救出すること迄は何も問題は無いだろう。問題があるのはその先だった。その先が鮮明じゃない。

魔法使いじゃないから未来なんて見えやしない。正直、状況は最悪だった。



「それじゃ、作戦を纏めよう。まず、六条さんが真正面から言って交渉をし、夜汐さんを解放してもらう。」

「了解です。」


「次に俺と猫撫と伽井が車で突っ込む。その後解放された夜汐さんを連れて転移。」

「また吐くのかにゃ……」


「あとはまあ弔木は好きにやってくれ。拘束だけは忘れんなよ。」

「おー。」


大まかに段取りを言えばこんな感じだ。日にちを早めただけの至ってシンプルな作戦。だが、敢えて約束を破ることで相手の意表を突くのが狙いだ。

それに、相手ゼマーは多分私だけで来ると思っている。弔木が居るだなんて思いもしないだろう。


こうして私たちの、不明瞭で、思いつく限り最高の作戦は明日の明朝、決行されることとなった。やって見なくちゃわからない。決して簡単なことではないのは分かっていたが、それでもやるしかない。


どうか上手く行きますように。

それだけを思って、私は静かに目を瞑った。



◆◇◆◇◆



「あの子達、明日したんだね。意外。」

「そう?割と読めてたことよ。あの子我慢とか苦手そうだもの。」


エレノアがそう言うと白髪の天使は、古びたブラウン管テレビで、少女を眺めながら微笑んだ。


「あの子、危なっかしいんだよなぁ。本当に我慢とかできなさそうだし。今回もこれ多分殆ど作戦も練らずに突っ込む〜みたいな事じゃないの?」

「まあ、大まかには作戦を立てたようだけど……危なっかしいわね。」


白髪の天使はそう言って今度はエレノアに微笑んだ。


「まあ幾ら危なっかしくても天使は下界に干渉は出来ないのよね。ま、それも『聖典ルール』で決められたことだから仕方ないけれど。」


「そうだね。『あいつ』も言っていたようにあの雪華って子は遅かれ早かれあと1回分、使っちゃうんでしょ?」


「いつもの冗談じゃないの?」


あの扉の向こうへと消えていった『彼』は嘘が得意だ。それはエレノアも白髪の天使も、天使長も知っている。だから何がホントで何が嘘か、見分けるのに二人はいつも苦労していた。


「既に3回だものね。残り1回。いつ死ぬかわからない異彩にとっては不便なものよね。」

「『致死免除送還』を使えるだけいいと思うけど。昔は無かったわけだし。」

「それもそうね。」


二人は過去を振り返り、懐かしく思った。それと同時に、羨ましくも思った。もし現代の技術が過去にあれば。誰しもが思う羨望。それが現代にあるということの希望。

彼女達はまた、ふふと小さく笑った。


「あるだけいいでしょう?そうでしょう?」


声の方を振り向くと、そこにいたのは天使長だった。満面の笑みを浮かべながら空いている席、と言うか今天使長が召喚よびだした椅子に腰掛けた。


「…どうもっす。何してんスかこんなとこで。」


不機嫌そうに、白髪の天使は煙草の灰を落としながら話しかける。


「『何をしている?』それはこっちのセリフですよ?貴女、会議があるのも忘れてこんなところで喫煙して。」

「すいませんっス。では行きましょうか。」

「全く。時期天使長候補がこんな事じゃ駄目ですよ。しっかりしてもらわないと困るのは私や住民何ですからね。それではエレノアも、またね。」

「……肝に銘じたりしちゃっとくっス。それじゃあね。」


そう言って目上との会話にめっぽう弱い白髪の天使を天使長は引き摺って去っていく。


周りに誰もいないことをこっそり確認し、エレノアは一冊の本を開く。それはもう何年も使っていないものだった。それは天使に必要ないものだ。

でも忘れてはいけない大切な思い出。


それを見るとエレノアは密かに、涙を零した。今にも胸が張り裂けそうなほど思い出が痛かったのだ。


本を読み終わった時、エレノアはふと、先刻まで見ていたテレビを見る。そこに映っていたものを懐かしむと、今度は少し、笑みを零した。

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