第16話『泥沼問答終わりなし』

焼肉を食べた後、もう一度家に集まった私達。そこではまた、只管に三日後のことについて問答を続けていた。

完全な泥沼状態。その問答に終わりは見えず、案を出しても話は続かない。その作戦の欠点だけが見えてしまう。そんな状況が続いていた。



「今までの案をまとめると俺らの力で雪華さんをカバーするしかないってことかね。」


煙草に火をつけながら気だるげに伽井さんは呟いた。それに猫撫さんは煎餅をかじりながら反応する。


「そうにゃね。まあそれも仕方が無いことにゃ。でも何か勝算はあるんかにゃ?普通に行ったら十中八九失敗すると思うんにゃけど。」


「相手はあの『アルジェント』だ。油断してかかればそりゃあ死ぬだろうな。しっかり計画を建てなきゃ全員逝っちまうぜ。」



猫撫さんの話に、伽井さんは蟀谷を拳銃で撃つ素振りで冗談めかして笑う。


「ああ、間違いなく。冗談じゃない。それに勝率は間違いなく低いだろう。そこにいるのはあいつ一人じゃなくきっと子分やら用心棒やらが大勢―――」


「仲間が大勢?カハハハハハ!!笑わせんな!絶対に有り得ねえよ。」


疑惧の言葉を口にした藤城さんを全否定したのは帰ってきてから今まで黙って雑誌を読んでいた弔木だった。

彼にしては珍しく楽しそうに大笑いをしている。ひと呼吸おいて、口元を緩ませて弔木は続けた。


「…なぜそう言えるんだ?」



「――あいつの仲間もその下っ端も全員殺したんだからよ。夜汐澄香の言ってた見落としってのは多分あいつだ。」


意外、と言うべきか。"彼らしい"と言うべきか。一般人の私にとっては予想外の答えだった。それは前に夜汐澄香が言っていた弔木によるアルジェントの『壊滅』に関わることだろう。


「知ってたの?あの人のこと。」

「雇われてた時の俺の部下だ。まあ、興味はなかったがカーストでいえば下から2番目。上から言うと4番目ってとこだな。偶然生きてたのがそこのボスとそいつと幹部の数人って訳だ。」


改めて彼が殺人鬼だと思わされたような気がした。その時、彼になにか目的があったのかもしれない。それでも、今の彼の目は戦闘の時の彼の目と同じだった。


「お前が今回協力的なのはそういう事か?」

「そうだ。殺し損ねたやつにはここでカタを付けときたいもんでね。」


伽井さんの質問に、弔木は少し笑って答えた。藤城さんはまだ何か気にかかるようで、さらに問答を続ける。


「だが再興された。それなら部下くらい……」

「再興するならより強い戦力を必要とする。それにゼマーは確か凡彩だ。そんなやつ新メンバーの足下にも及ばないだろ。」


「凡彩、だと?どういう事だ。」


またここで一つ、問題が発生する。

片岸さんが言いたいことは何となく私も予想がついた。弔木がそう証言した以上、彼は『凡能力』なのだろう。だが、彼は『異彩』でなければいけない。仮にも凡彩ならば、何故。



「なら、何故一般人ぼんさいが夜汐澄香に勝てる。凡能力者が異彩を負かすなんておかしいだろ。」

「……そう言えばそうだな。一般人があの爆発能力者に勝てるはずがない。燃え滓になってそのまま終了だ。」

「爆発能力?」



「ええ、彼女は触れたものを爆弾に変える事を得意とする『爆弾魔ボマー』です。触れた鬼を無差別に爆破していくことからその呼び名がついたようです。」



爆弾魔ボマー。私も何度か耳にしたことはある。それは学校での勝手に耳に入ってきた他人の会話に過ぎないが、結界を破った鬼を一撃で破裂させただとかそういった事だった。

それがつい最近知り合い、『殺す』と言ってきた人だとは思うまい。


「それなら枷を爆破すりゃ……って言っても手首ごともげちまうか。」

「いや、彼女に自分の能力は効かない。『赤』系統の彩を持つ人間が自分の炎が熱くないのと一緒だ。」

「それなら、演技の可能性も無くはない、ってことか。大丈夫かね。」


伽井さんはそう言って溜息をつき、煙草の灰を灰皿に落とした。

確かに演技の可能性だってある。あの枷くらい自分で壊せばいいのだから。本来、それから疑うのが普通というものだ。だが私は違うと思った。



レコーダーに入れっぱなしのDVDをもう1度再生する。何かおかしな点を探さないと。

演技じゃないっていう証拠を。

彼女を助けるための材料を。


「どうしたんだ六条さん。急に何回も再生し始めたりして。」


片岸さんは少し戸惑った様子で私にそう聞いた。だが、とりあえず今は返事ができない。

探さねば。間違いを。一刻も早く。


「――あった。ここ、見てください。」

「…これか?枷……?」

「よく見てください。一瞬です。ほんの一瞬だけなんです。」

「一瞬、なんか光ったかにゃ?」


「はい。これ多分能力じゃないかなって。伽井さんが車を消す時にも一瞬だけ光が流れてから消えたんです。それで、伽井さんも恐らく『操作』を付与してるので何かを付与してるのかなって。」


「マジか。今まで気づかなかった。俺の力の方も。よく見てるな。」



正直、見つけるのには苦労した。何回も何回も再生した間違い探し。二回くらいで見つけられた人間には何か賞品が出てもいいくらいのモンだ。

伽井さんや六花ちゃんは小さく賞賛の言葉を口にした。


『なんで』や心配事ばかり繰り返した泥沼問答は終わり、本格的に三日後のことについて考えなければいけなくなった。



「ここからは本番、どう動くかが議論の要になるな。六華と藤城さんを残した全員が動くにしろ、作戦も立てずに行くのは無理がある。」


「ハイハイ。俺いいこと思いついた。」


一番最初に手を挙げたのはなんと弔木だった。一番頭を使うことには程遠いのは彼のような気もするが、彼の言う『いいこと』とは本当に『いいこと』なのだろうか。

能天気そうに手を挙げる彼に、少し躊躇しながらも片岸さんは反応する。


「……なんだ。」



「六条を囮にする。」



「やっぱりダメじゃねぇか!!」


彼の口から驚く程に軽々と出てきたのは私を囮にするという作戦だった。彼があれほど自信を持って言うのだ、少し興味がある。一先ず聞いてみることにした。


「それは…どういう作戦?」

「おいおい六条さん…」


「まず、お前が真正面から行ってゼマーに交渉を持ちかける。んで気を引いてるうちに後ろから夜汐澄香を救出。俺は後ろからゼマーを殺す。まあ時間稼ぎに失敗したらお前は死ぬ。」


弔木はそう言ったが、片岸さんも、藤城さんも反対のようだった。


「実害が出るのは避けなきゃならない。それに囮といえばお前の方がいいだろ。死なないんだし。」

「何をされるかわからんしな…」

「私は……別にそれでもいいですよ?」


正直なところ、本来一人で行くべきものだったし、正面から話し合いをする機会はある筈だ。弔木が動くというのなら時間稼ぎくらいやってみせる。

「いいのかにゃ?」

「いいです。でも、皆さんがどう動くか……どこに待機しているか、とかどうやって近づくか、とかは決めとかないとですね。」


「三日後か。長いような短いような。」


三日後。それは私には長い、長い時間だった。我慢ならないのだ。今もこうして夜汐さんが暴行を受けていると考えると。出来るならば、今にでも行きたいほど。


「どう近づくかだが……」



「――やくそく、やぶっちゃえば?」



少女は小さな手を挙げ、小さな声で、そう発した。約束を、破る?意味がわからず、困惑したが、一瞬の沈黙の後、聞くのが早いと思って六花ちゃんに訪ねてみた。


「約束?」

「うん。やぶるの。そしたらたぶんびっくりする。」

「それは……行く日のこと?」

「そう!」


満面の笑みで意気揚々と話す六花ちゃんに弔木は全く分からないと言った様子で話しかける。


「…あ?どういうこった。わかんねぇ。」

「つまり六花ちゃんが言いたいのは…」


そう、つまり。少女が言いたかったのはこの状況においての『最善策』だ。全ての疑問や観念、先入観を打破する最大のお世辞にも作戦とは言い難い作戦。


殺人鬼も運転手も、王の側近も少女の言葉に目を丸くした。子供とは意外と侮れないもので、たまに大人でさえ思いつかない突飛な意見出すものだ。

彼らはそう、実感した。

猫のような少女は、少女の将来を心配し

一般人はその作戦に賛成した。


不安がないといえば嘘になる。でも、現状での最善策はこれしかない。最も勝算の高い方法。

それならばやる他あるまい。


「――『奇襲』ってことだよ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る