第15話 『傍観者』
「初めまして、六条雪華さん。
ああ、そんなに構えないで。僕のことはそうだね……『傍観者』とでも呼んでもらおうか。」
その男は満面の笑みで、手を広げ明るく私たちに向かって挨拶をした。
ただ、私はなんだかこの人を見ているとモヤモヤする。胸の奥が締め付けられる、と言うと少し違う。
何かが私に必死に訴えてくるのだ。
『こいつは注意しろ』と。
淀んだ空気の中、男はそれを気にすることもなく愉しそうに話を続ける。
「あれぇ?みんな何で黙っちゃうの?話し続けていいよ?」
「……なんでテメェがここにいやがる。」
真っ先に彼に言葉を返したは片岸さんだった。そこに先程の片岸さんは居なく、へらへらと笑う彼に冷たい声、冷たい目線を向ける片岸さんがそこに居た。
「もう何でそんなに怖い顔してるんだよ。別にいいじゃない。」
「質問に答えろ。王都から消えたはずのお前が何でここにいるんだって聞いてんだよ。」
笑っていた彼は硬直し、表情を変える。笑顔が消えた彼は「ふう」と息を吐いてまた笑顔を『造った』
「これから面白いことが起きるからに決まってるじゃないか。そうじゃなきゃ俺がここまで行動するとでも?」
「テメェ……今度は何を企んでやがる!次は何を…」
「そう熱くなるなよ誠司。今回は忠告に来たんだ。お前は信用しないかもしれない。でも、一つだけ聞いてくれ。」
黒いコートの彼は片岸さんを宥めるように、表情真剣なものへと変え、静かな声で話を始めた。
「そこのお嬢ちゃん、六花ちゃん、だったっけ。今回何かすると言うのなら連れていかない方がいい。」
「……どういう事だ?元々藤城さんに預かってもらおうとはしてたが。」
「その話は初めて聞いたんだが。」
「…それなら良かった。因みに理由は言えない。理由はあるけど此処で話すには長すぎる。いいな。」
そう言って片岸さんと同タイミングで小さく頷くと空いたスペースに座り込み、彼は胡座をかいた。
「じゃ!話し続けていいよ!」
「帰らないんですね……」
「話途中だったじゃん!」
そう言えばそうだった。突然の来訪者に驚き、すっかり忘れてしまっていたが、私の力についての話がまだだった。
「で、私の力って多分強化系の能力じゃないかなぁ、と思いまして。」
「どこでそう思ったんにゃ?」
「片岸さんの彩を見て少し思い出したことがあって、鬼の足に触れた時片岸さんの腕が生える時みたいに少しずつ変わっていったんです。
それは氷でも無かったから、材質を強くしたのかな、と。」
「なるほどな。」
鬼は確かに止まった。そう見えたが、根拠としては十分だろう。
すると、黒いコートの彼が口を開く。
「材質を強くする、か。でもその類の能力って確か材質を把握してないと出来ない気がするんだけど鬼の材質が分かったの?それに、強化したなら鬼は強くなるんじゃない?」
「確かに……」
「ところで何で最初強化能力だと思ったにゃ?」
「話がわかってるのはこっちの事情ってもんがあるから気にしないで。だから僕はどんな能力かも知っている。でも答えを出すのは雪華ちゃんだ。だから敢えて僕は意見を飛ばす。」
「性格悪いにゃね」
「はは。もう言われ慣れたよ。」
「使ってみたらどうだ?」
新聞を読む手を止め、こっちに視線を向けた弔木は能天気に私に呟いた。
そんなヒョイヒョイと使えたら考える苦労なんてない。その気も知らずに弔木は新聞を読み進めた。
「使えたら苦労しないよ…」
「雪華ちゃん、一回でいいからやってみたら?」
まさかの後押し。この人黒いコートの人もそういう類の人間なんだろうか。普通の人っぽいのに弔木と同タイプとか一番厄介な気がする。
「『強化系』にもタイプがある。簡単なものから言うと材質の強化、体の一部の強化、出力強化、とかね。比較的少ない能力だから比べる相手はいないけど。」
「じゃあ材質の強化とかやってみたらいいんじゃないか?」
伽井さんはそう言って欠伸をした。
いつの間にか膝に乗っていた六花ちゃんは私に期待の眼差しを向けていた。
そこまで期待されるとこっちも困る。
「弔木。新聞寄こせ。」
「ほらよ。」
渡された一枚の新聞。彩についてのノウハウも知らない私にこれをどうしろと言うんだ。やめて六花ちゃんその眼差しは胃に来る。
「どうすればいいんでしょう……」
「下において手に力込めるとか?」
「……詠唱?」
「こう手を合わせて」
「食え」
「おどる?」
「念をだな」
誰一人としてまともな策なしだった。私は察した。全員テキトーに言ってたなこれ。絶対今即興で考えてた。
「下に置いて手を……ですか。」
冗談半分手を置いてみると驚くことにバチバチと大きな音を立てながら赤い閃光が新聞を覆った。眩しく大きく。そして激しく。
新聞は徐々に、固まっていった。
おそらく5秒程だっただろうか。その輝きは明るい午後の空に吸い込まれ、すぐに力を失った。新聞は瞬く間にブリキの看板のように硬くなった。
「出来た……」
「「「「「はぁ!?」」」」」
「わぁすごーい。」
「凄いな。」
皆が目を疑う中、伽井さんと六花ちゃんは暢気に小さく拍手をした。
力が使えることはとても嬉しいことだ。だが、こんな始まりでいいんだろうか。思いっきり始めの一歩を踏み外してしまったような気がしてならない。
「こっちやってみろ。」
弔木が読んでいた雑誌。一般的に売られているごく普通のものだがこれも出来るのだろうか。私はまた構えた。
「…あれ?」
私の手は煙を吹いた。ポン、と小さな音を立てて。先程の閃光は出ず何度やってもこの小さな水蒸気の塊のようなものが出るだけだ。
『ポン』
『ポン』
『ポンッ』
「あれれ…?」
何度繰り返せど同じ音が鳴り続ける。
気の抜けた玩具の太鼓のような音。
『ポスッ』
明らかに先ほどとは違う音が出てその他の音さえも出なくなった。
「……った。」
「は?」
「出なくなった!!」
エネルギー切れというのが近いのだろうか。無気力な音を発し、私の手は何も発しなくなった。
気まずい空気が流れる。折角使えるようになったかと希望を見出したらこれだ。そりゃそんな空気にもなる。
「「「「「はあ!?」」」」」
「なんかすいません」
「もうでないの?」
「ああ、どうしたもんかね……」
六花ちゃんは少し悲しそうに私を見つめた。ごめんねもう出てこない。
伽井さんも静かに宙を見つめて、ゆっくりと六花ちゃんの頭を撫でた。
本当にどうしたものか。幾ら考えようと私にはどうすることも出来なかった。だが、これから起こる未来は回避できない。必ず正面から受け止めなければいけないのだ。
「ま、景気付けに夜は焼肉でも行くか。藤城さんの奢りで。」
「そうにゃね。今日は焦ったり驚いたりで疲れたにゃ。」
「おにく?」
「そうだよ。お肉だ。高級な。」
そう言う片岸さんの一行を横目に藤城さんは財布の中身を確認する。中身が入っていることに安堵したようだったが伽井さんの言葉にもう一度財布の中身を確認した。
本当に今日は私も疲れてしまった。
感情というものを使いすぎた気がする。
「……お前も来るか」
「いや、俺はもう帰るよ。長居しても迷惑だろう?」
「ああ、この街にとってもな。」
「相変わらず冗談がきつい。じゃあね。」
そう言って黒いコートの彼は笑顔で去っていった。
◆◇◆◇◆
『傍観者』は夕闇を歩く。彼女達の家から出て数時間が経った。空は暗くなり、闇には段々と灯りもつき始める。
彼は今日『忠告』をした。それは勿論彼等を思ってのこと。
否、この男は友であろうと自分の為にならなければそんなことはしない。
それがこの人間だ。
「六花ちゃん、か。『空色』とはまた皮肉なもんだ。」
黒衣の男は冗談めかして宙へと無意味に言葉を吐く。それは別に誰かが聞いているというものでもなければ、特別意味のあることではない。真意は彼だけが知っている。
傍観者は闇へと消える。一歩、また一歩と、楽しげに。
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