第14話 『実は藤城が一番強いんじゃないかにゃ(猫撫 談』


「だが、助けに行くとしてもどうする。弔木は武器を使えないんだろう?」


藤城さんは困ったと言った様子でテーブルにおいてあった煎餅に手を伸ばした。


「そうだな。まああのナイフがあれば俺には十分だが……それに六条も力を使えるかも曖昧だ。六条、使ってみろ。」


「そもそも使えるようになったのか?」

「本人が言うにはな。俺もよくは見てないが交戦した鬼の動きが止まったのは覚えてる。」

「正直、私も何が何だかで…」



あの真っ黒な鬼と戦った時、私は数回に及んで死んだ。そして理由はわからないが、夢を見て『彩』を一度だけ使えた。だが、それさえも夢かもしれないほどにそれは曖昧で、確証のないものだった。



「止まった、か。阻害系の能力か。それとも氷か何かか?」


片岸さんは端末でその系統の能力者達の画像を見せながら話す。だが、どれも違う私の感覚とは違うようなものだった。


「いえ、なんだか鬼そのものが固まったような感じだったと思います。

動きの早い鬼だったので脚を凍らせてもぶっちぎっちゃうかな、と。」

「ますます分からんな……」


満場一致。この場にいる全員がその感情を持っただろう。私にもわからないし、藤城さんにも分からない。解決策を見つけないことには話が進まない。そこで、六花ちゃんはこの場で小さな手を挙げた。なんだろうか。凄く可愛い。


弔木の能力は既にわかっているため省略となった。弔木が少し余裕振った顔をしてるのはそのためだろう。まあ、見せることになってたら一度死んでいたわけだし当然だ。


「よし、では最初は私から。」


最初は藤城さん。一応一度は見たことはあるが、詳しくは聞かされていないのでそれも兼ねての説明だ。


「私の『彩』は『別次元保管庫ポケット』。ここの空間に煎餅を入れるとほい。このように取り出すことができます。」


今からちょうど百年前くらいか、似たような芸当を持った丸いロボットの漫画があったという。今は放送もほとんどないようだが、知らない人は少ないだろうと言うほどの物だ。

非常に似た能力だが、汎用性は物凄く高いだろう。


「質問にゃー。ナマモノも大丈夫なのかにゃ?」

「前にイカの刺身を入れたことがあるが何ともなかったぞ。因みに態々手を突っ込まなくともこの通り出すことも出来る。」


「痛てぇ!!」


煎餅を飛ばす藤城さん。その煎餅は弔木の顔にクリーンヒットした。


「沢山物を飛ばせる、となると強そうですよね。」

「それはあまりやったことないですね。ではやってみましょうか。」


「せんべい……」


六花ちゃんが少し悲しそうにしていたが置いてあった分の煎餅を吸い込んだ彩は丁度私達の顔くらいの位置に開くと、連続して射出された。

勿論相手は弔木。


「ばばばばば痛てぇ!!」


ダメだ。なんか面白くなってきた。

と思ってきたところで弔木は仰け反って回避したため、全て壁に当たり、弔木の口の中で大きな音とともに消えていった。

無くなったと悲しそうにしていた六花ちゃんだったが私が一枚持っていたため、それを六花ちゃんにあげたら嬉しそうにしていた。



「よし、じゃあ次は俺達だ。」


灰皿に煙草を置き、伽井さんは立ち上がった。すると、『猫撫。』と声をかけ猫撫さんも立ち上がらせた。


「それじゃ。頼むわ。」

「今日で三回目にゃよ……」


そう言って猫撫さんは息を吐き、目を閉じる。どこかに神経を集中させているのか、静かに呼吸を整える。

伽井さんの背中に触れるとゆっくり目を開けた。


「面倒だから近くでいいにゃね。20m先にあるにゃよ。」

「おう。」


すると大きな音とともに空からは車が降ってきた。3台の車は積み重なり、瞬きをすると1台ずつ消えていった。


「これが俺の能力『千の馬』だ。場所が分かればそこから車を呼び出すことが出来る。動かすのも自由だ。まあ数にも多分限度があるだろ。やったことは無いけど。」


「んで猫撫が今使ったのは『猫の目』だな。まあ『千里眼』ってやつで色々見えるんだと。猫撫。次。」


「嫌にゃ……」


猫撫さんは不機嫌そうに、顔色を悪くしながら小さく声を漏らした。


「雪華さん、何か考えてにゃ。文章でも、名前でも何でもいいにゃ。」


異常に体調が悪そうだが大丈夫だろうか。それはまあいいとして考える、か。何が言いだろうか。

よし、決めた。『焼肉食べたい』


「異常に体調が悪そうだが大丈夫だろうか。それはまあいいとして考える、か。何が言いだろうか。よし、決めた。『焼肉食べたい』って今思ったにゃね?」



猫撫さんは私が頭の中で考えたことを一字一句間違えず読み上げた。そこまで当てられると流石に驚くというか。ちょっと怖いというか。


「これは『猫の耳』。心が読めるんにゃ。まあそんなに使うことはないにゃね。」

「嘘つけ。めちゃくちゃ使ってきただろうが。」

「あれは制限できなかった時じゃないかにゃ。」


『じゃあ次は』と言った瞬間、風が吹いた。目を開けると猫撫さんの姿がない。辺りを見渡してもどこにも居ない。この部屋は縁側に繋がっている。だが、そこにも隠れている様子は無さそうだ。


「……ふっふっふっここにゃよ。」

「うわあ!」


猫撫さんは私の後ろに立っていた。私のそれほど長くはない瞬きのあいだに移動できるはずはない。怪奇現象でも起きたのか、という気分だ。


「これは『猫の脚』。瞬間移動にゃ。代償さえ払えば制限なく移動できるんにゃ。まあどこでもド」


「次は片岸か。六条さん。ナイフ持ってるか?」


猫撫さんがなにか言いかけた気がしたがその先はなんとなくまずい気がするので話を先に進めよう。


「弔木が沢山持ってますけど……何かに使うんですか?」

「あるぞ。200本。」

「買いすぎだな。バーゲンセールでもやってたのか?」

「全部定価だ。」


伽井さんは今思っただろう。

『こいつ、馬鹿だ。』と。いや思ったに違いない。今の溜息はそういうことだと思う。私もそう思う。


「なぁ、もう辞めにしないか……?」

「嫌だね。ここまで来たらお前にもやらせる。」


先程からずっと青ざめている片岸さん。何をそんなに怯えているのだろうか。能力を使いたくない、というような素振りを見せているがそれを無視して伽井さんは弔木からナイフを受け取った。


「なあ、藤城サンよ。これ、入れてからあいつの腕に向かって凄い勢いで飛ばしてくれ。出来るか?」

「煎餅の容量なら出来るが……良いのか?」

「良くねえ!」

「良いよ。やっちまえ。」


震える片岸を完全に猫撫さんと弔木が抑える。次の瞬間、目にも留まらぬ速さでナイフは射出された。片岸さんの腕は完全に切断され、ナイフは壁へと突き刺さった。


ああ、血が。床が。壁が。

先日修理したばかりの家の床にべっとりと血がついてしまった。


「……再硬築リコンストラクション


踠く片岸さんは苦痛の混じった声でそう小さく呟いた。するとみるみる内に血は止まり、切断された部分からは水色に近い白色の結晶のようなものが生え始めた。

前に聞いた『不落の鋼鉄壁』という能力がこれなのだろう。見るからに硬そうなその腕はもう一本射出されたナイフを見事にへし折った。


「これが俺の彩だ。切断された部分から元あった形と同じものが硬化して再構築される。基本砕けたことは無い。んで数分経つと元に戻ってる。

デメリットは怪我しねぇと駄目なとこだな。」

「……すごい。」


そう言うと片岸さんの腕は色を変え、元の腕へと戻って言った。

私の口からはそんな小学生並みの感想しか出てこなかった。だが、それほどにも衝撃的だったのだ。


「うっぷ……今全部来たにゃ……」

「ほれ。袋と頭痛薬だ。弔木、トイレどこだ。こいつあと30秒後に下痢る。」

「そっち曲がれ。」



「――だ。」

「あ?なんか言ったか六条。」



「これだよ。片岸さんの。私の力、そんな感じだった…!」


こんなにも近くにいるとは思ってなかった。ハッキリしなかったが今漸く予想がついた。

覚えている限りでは私は鬼の動きを止めた。それは鬼を『固めた』のでは無いか?固めたから、動きが止まり、弔木の刃が通ったのではないか?


「本当か。何か、分かったのか?」

「まだ予想です。でも私の彩は多分……」

「多分、なんにゃ?」



「「――強化系の能力。」」


声が重なった。だが、もう一つは聞き覚えのない声。この場にいた人間の声ではなかった。

そう言って縁側に目をやるとそこには真っ黒いコートを羽織った男性が座っていた。誰だ?会ったことのない人。見たこともない人物がそこには居た。


「……誰?」



「初めまして、六条雪華さん。

ああ、そんなに構えないで。僕のことはそうだね……『傍観者』とでも呼んでもらおうか。」


その男は満面の笑みで手を広げて挨拶をした。

それは普通の単純な笑だったのかもしれない。

でも、私には。多分、私だけにはそうは見えなかったのだ。何かが私に警告した。


そいつには注意しろ、と。

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