第12話 『カウントダウン』


「一時はどうなることかと思った」


「こっちのセリフだ阿呆。俺が通りかからなかったら一つ一つ拾っていたつもりか?」


藤城さんは溜息をつき、弔木を叱る。

フードコートの成る可く人目につかない角の席に座っている私たちはそれぞれの昼食を取ってた。


先程、私達がいた服屋の床には約200本のナイフが散らばった。その為、危うく怪しまれるところであったがタイミング良く通りかかった藤城さんの彩で何とか難を逃れたのだ。

元はと言えば袋を引っ張った私が悪いのだが。



「そうは言うが元はと言えば袋を引っ張った六条がだな……」


その通りです。ごめんなさい。


「言い訳は聞かん。そもそも何故こんなに買う必要がある。その金はどこから出る。」

「あ?俺の金だ。文句あっか。どうせ使わねえし余分に渡してやったわ。」


この事で彼が責められるのもなんだか少し申し訳ないような気もした。しかし、私が会話に入る間もなく彼らの言い合いは進んでいく。


彼は一文無しだと思っていたが違ったようだ。なら何故汚い服を着ていたのか、逃亡もできたのではないか。疑問点は多いがこの話は置いとくとした。そもそも、何に使うか、それが問題である。



「まあいい。袋は持ってきたから二枚重ねにでもして持って帰れ。」

「おう。」


「……そもそも何でそんなに買ったの?」

「そろそろ使うかな、と。」


そう言って彼は言葉を濁す。恐らく殺人のためなのだろう。でも別にそこに裏切られたという気はしないし、私はただ、もし犠牲になる人がいるというのなら助けたい。それだけだった。



「……暗い顔すんな。別に人を殺すためじゃねえよ。」

「違うの……?」

「200本も使うか馬鹿。鬼との戦闘用だ。」

「剣。あるじゃん。」


「あれはなんだかっつって俺の…なんかを形にして………みたいな。取り敢えずまあ、充電期間がいんだよ。だから別に心配すんな。」


「……そうか。」



……少し安心した。私は彼を疑いすぎていた。殺人犯だからと言って全ての行動が殺人に繋がる訳では無いと言う観念さえ、捨ててしまっていた。


私は少し答えを出すのが早すぎたんだ。私の中には色々な思考が渦巻いていた。ごちゃごちゃになって、どれが本物の感情か分からなくなってしまいそうだった。


彼を疑うのか、信じるのか。裏切られたと思うか、何も考えないか。彼を止めるべきか、放っておくか。だが今はそれもない。彼はまだ信用できる。私の奥の何かがそれを今、確信した。



「はあ……俺の彩の容量も考えてほしいものだ。一気に疲れたぞ。」


「ごめんなさい。御迷惑を……」


「いえ、六条さんが気に病むことはありません。200本もナイフを買うコイツが悪い。」


「…るせーよ。」



弔木は目を逸らしてコップ一杯の水を飲み干した。不機嫌そうではあったが、どこか安心したようで、すぐにその顔は小さい笑みへと変わった。


「こんなに疲れたんだ。たまには甘いスイーツ、そうだな……たまには苺のパンケーキとか食べたくなる。」

「……『いちご』…ってなんだ?」


「……。いや、なんでもない。ただの独り言だ。気にするな。」



藤城さんは小さく、「そうか」と呟いてそう答えた。愁いに満ちたような、悲しげな目だった。何かを懐かしむような、そんな目だ。


私はそれを見たことがあった。


だが、それ以上思い出すことも、気に留めることもなく、ただ平凡に、平和で、退屈で、何でもない時間だけが過ぎていった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




昼食を食べ終わったことだしこれからどうしたものか、となんの目的もなく私達は歩くことにした。

既に予定は済んでしまったため、特に見る場所はない。勿論、帰ることも出来るが、それはなんだか勿体無い。



「ご馳走様でした。お金まで出してもらって…なんだか申し訳ないです。」


「いえ、これくらいの事はさせて下さい。危険と隣り合わせのあなた達に私のような人間が出来ることはこれくらいですので。」


「払わせとけ払わせとけ。こいつ金と発言力と漢字検定は持ってんだ」


「お前はもう少し申し訳なさそうにしろ。学生の時で1級だぞ。讃えて崇めろ。」


困ったようにため息をついた藤城さんはすぐにテンションを変え、親指を立てて弔木にドヤ顔向ける。

弔木はそれを全くに気にする様子もなく、呑気に大きな欠伸をした。



「本当にここ、色々なお店があるんですね。」


最初に目に止まったのは『テレビ屋』だった。


どうやらテレビだけを専門に扱っているらしく、入口横のショーケースには旧世紀の白黒テレビ、アンティークもののアナログテレビ、そしてもちろん現在販売されているテレビが積み重なっていた。

どれもバラバラな映像が流れていて全てニュースの映像のようだった。



「そうですね。テレビ屋以外にもリモコン屋、レコーダー屋、果てはネジ屋までありますよ。」


近くまで寄ってみるとどのテレビも新品同様で、放送していたのは現在のニュースだった。



『またも首斬りの――』


『焼け跡から3人の――』


『マフィアによる――』



テレビでも退屈しそうなほどいつもと代わり映えのないニュースだった。事件は少なくない訳ではない。だが一般人からの視点で言えばそれは至極平和と言えるものだった。毎日殺人犯に怯えて生きる人間もいなかろう。


マフィアだろうとギャングだろうと普通に暮らしてれば関わることのない人達だ。

……普通に暮らしてれば。


ただ一つ、生中継のニュースがあった。無意識にだが、なんとなくその中継に目が惹かれた。


ニュースの内容は

『一台の車が猛スピードで走行中。幸いけが人などはおらず、現在も全く止まる様子がない』

というものだった。



「藤城さん。このニュース、何か気になりませんか?」


「そう……ですか?特に変わったところは無いように思いますが…何か気になることでも?」



自分でもなぜこのニュースがこんなにも気になっているのかは分からなかった。

ただ何となく。何かが。

どこが引っかかる?何処だ。おかしな所を探せ。なぜこんなにも無意識にこのニュースを見ている?


数分の自問自答。答えは出ずに思考は繰り返される。依然として流れる中継をじっと見つめるが、何も分からない。ただ、明確に何かがおかしいのだ。理由は分からない。

私はただひたすらに、その『無意味』を見続けた。


「……大丈夫ですか?」


「大丈夫です。でも、何かが。何か引っかかる所があって。」


中継の画面が変わった。それが答えだった。

車だけではなく、辺りを映す映像に変わった事で漸く気づいた。それが映していたのは




「藤城さん……この車。こっちに来て―――」


このショッピングモールだった。




次の瞬間、私の後方にあった扉のガラスが割れる音と共に、一台の車は数回転して私の目の前に停車した。あまりに一瞬の出来事で脚が動かない。

幸いにも、この辺りには人が居なかったため、怪我人はいない。


慌てるように車から人が出てきた。

見覚えのある、つい最近知った顔だ。

でも、なぜ彼らが……?


「六条さん、取り敢えずは謝る。すまん!」


私以上に謝るべき人間がいるんじゃないだろうか、とは思ったがどういう事だろう。

車から出てきた片岸さんは手を合わせて私に謝った。本当に突然のことで、理解できないことだらけだ。だが、片岸さんの一行、全員が何か慌てている様子なのは見て取れた。



「え……?えっと状況が飲み込めなくて……どういう事ですか?」


「六条さん宛の荷物を開けたんだ。悪い。でもこれは六花が…!」


荷物を開けられたなら謝られるのも頷ける。だが、これはどういう状況だ?後部座席の窓が開き六花ちゃんは『ごめんさい…』と小さく呟いた。

周りには段々と人が集まり始めている。



「だがその中身がヤバかった。中身の中身を見たことについても謝る。すまん!だが非常事態だ。本当に不味いぞ。」


「……どういう事だ仮面屋。説明しろ。」



藤城さんも何が起こっているのかわからないのだろう。少し慌てた様子で片岸さん一行に問う。

その目も、声も少し冷たいように感じた。



「藤城さん。話は後ってやつだ。伽井。バンでもトラックでも全員乗れるやつ。」


「あいよ。猫撫。」


「おっぷ……30メートル先に……デカいのあるにゃ……うぇえ……」


今にも吐きそうな猫撫さんだが、そう言うとどこからとも無く言った通りの車がボロボロの車の隣に並んだ。恐らく伽井さんの彩、『千の馬』と言うのがこれなのだろう。



「取り敢えずこれに乗ってくれ。六条さんの家まで向かう、でいいか?」


「私は構わないですけど……」



私達はすぐに車に乗り込み、走り出す。その先には真っ暗な不安のみが存在していた。

それは誰かが取り払えるようなものでは無い。

それは、その暗闇の中でも明白なことであった。


家に向かった私が目撃するのは、異常なほどの恐怖と私には大きすぎる絶望だと言うことをまだ、知らない。

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