番外編 『とある3人の談笑』
「へぇ、そんなことが。」
男は白髪の天使の言葉に目を丸くし、笑みを浮かべた。男はどうしようもなく嬉しかった。それは話を聞くのが楽しかったこともあるが、楽しそうに話す彼女を見ることが出来たから。
それに、自分が『外』に出られなかった間にも時間は動いているという事実を改めて実感できたのだ。
男の世界は止まっている。今日は、今日だけはその時が少しだけ進む。
「そうなの。まあ、まだあの子には話してないことも多いし全く話してないことは多いんだけどね。」
そうだね、と男は呟く。
エレノアから一本煙草を貰い、男は火をつける。
「ふぅ、この味がやっぱり落ち着く。……そうだね。でも天界に呼ぶことは出来ないのかい?話が、説明があるなら前の時よりもっと長く居座ってもらえばいい。」
「嫌よ。それってあの子がまた死ぬってことじゃない。もう4回よ?普通の人間なら4回の死なんて耐えれるものじゃないわ。」
「それを僕に言うかなぁ……」
男は困ったように笑った。
その笑顔とは裏腹に白髪の天使はまずい、と言うふうに目を見張ると悲しい表情へと変わった。
「お前、彼処でどんなことされてんの?」
ニヤニヤとしながらエレノアは話を繋げる。勿論、白髪の彼女には悪い方向へ。
「そうだね……腹裂かれたり無数の棘に刺されたりかな。痛いとか言う前に連続して生と死のループだからね。」
「覗いたこともないけど良い趣味してるな、ここの設備。」
「確実に生身だったら応用させて貰ってるとこだよ。それにしても天界にしては趣味が悪すぎるってもんだ。
あれを使った人間は僕以外居ないんだろう?」
「ええ、そうね……」
エレノアは察した。いつもの調子で冗談で終わらせるつもりが本当に哀しんでいるらしい。エレノアはそういう性分なのだから付き合っていれば仕方が無いとは思えるものの今回はやり過ぎたと自覚したらしい。
「悪い悪い。ちょっとやりすぎ。」
「いいのよ。貴方って生前からそうでしょう?」
「まあね。」
彼女の顔にも少し笑顔が戻った。
だがまだ少しだけ何か、思うところがあるのだろう。先程よりは彼女の笑顔は暗かった。
「まあ僕は大丈夫だから心配せずに仕事をしてくれ。それに、最近裏技を見つけたんだ。」
本来、天使に言うべきではない事だが彼はニヤリと笑みを浮かべた。
「裏技?あれは完全な能力妨害措置と百重の壁があるじゃない。」
「聞かせてみてよ。最悪天使長行きだ。」
冗談めかして笑うエレノアを白髪の天使は思いきり肘で突く。痛みに数十秒悶えて、腕を抑えながら顔を上げた。
「外、少しだけ見えるんだ。」
「外?」
ああ、と彼は続ける。
「若しかしたら死んだ数秒の夢かもしれない。誰が見てるかもわからない、誰かの風景。どこか懐かしいような夕日、とかね。だから出てくるまでは寂しい思いをしないんだ。」
あまりに、それは確証のない話だった。白髪の天使とエレノアは知っているのだ。『彼処』は魂の保存場所であり、肉体は無いも同じということ。
入ってから数秒でまず最初に視覚を奪われるということを。
「そう、なのね。それなら私も安心した。」
「うん。それなら良かった。」
ところでだけど、と彼はエレノアの煙草の箱からまた一本抜き取り、火をつけた。
「『アレ』は渡せたのかい?話したのは随分前のような気もするけど。」
「バッチリだった。この上ないくらいにね。拒絶反応さえも全くなし。本来無ければいけない筈の段取りをすっ飛ばしてくくらいに快調よ。」
「あの娘に話した時はまだ分からなかった。でも後で調べてみたら全てが一緒だ、なんて可笑しいにもほどがある。」
悪い笑みを浮かべる白髪の天使にエレノアは不機嫌そうに文句を垂れた。
自分が得意としていた分野がわからなくなってしまう程に力が劣ってしまった、その事実が彼女には痛かった。
「それでいいじゃないか。あの娘には嘘をついてしまうことにはなるけれど。」
男は愉快そうに俯いて静かに笑った。
「あの娘、いつか気づくと思うか?」
「いつかあの娘は気づく。多分それは、本当に力を使う時、とかね。」
「それなら、いいさ。彼女は多分近々死ぬ。その時に言えばいい。若しくは、こちらへ繋がらないとかもあるかもね。」
「物騒な事言わないでよ。まあまだ生き返すことは出来るけど。」
その後、暫しの間三人は談笑した。他愛もない時間は流れ、天界における『夜』が来た。空は明るいまま、陽だけが沈む。刻一刻と迫る別れの時間を惜しむように、白髪の天使は笑顔を絶やさずに多くの話を男にした。
「じゃあ僕はそろそろ行くよ。」
煙草が、三箱分程なくなる頃、別れの時間はやってきた。静かに、向日葵が時間を指し示す。
男の進む閉じた扉の先からは鎖の音がした。
ここは『天獄牢』天獄の名において、下界での大罪人を裁く永遠の闇。どこまでも続く無。
与えられるのは永遠の死と苦痛、そして吐き気がするほどの浄化だ。
吸血鬼が十字架を嫌うように呪いを浴びた人間には浄化はただの『痛み』でしか無い。
「さあ、始めろよ。ヨハン。」
男の声は闇に響いては何かに喰われる様に消えていった。
この闇が男の存在を暈していく。不明瞭で、幽かなその姿は誰かが瞬きをすると闇そのものになっていた。
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