第10話『胃薬、この家にあらず』


「アレ、犯人は貴女?何かいじったでしょ。」


金髪の天使は白い髪の天使を問いただす。無論、それは根拠があっての事だ。


「さあ、なんのこと?私は知らない。」


「しらばっくれても無駄。此度の『異常』は自然的には絶対に考えられないことよ。

人為的にやったのならあの娘に『願い』を使った貴女以外考えられない。それに、あの力は……」


あれは自然現象などでは無い。

通常では起こりえない奇跡。

それがもし誰かに作られたものだったとしたら。


「……どこで分かったの?」


「簡単よ。何から何まで此方のやり方と一緒だった。」


白髪の天使は見落とした。

想定してきた計画の中にエレノアという天使は居なかった。


「……じゃあどうするの?天使長にでも言いつけて私の代わりの側近にでもなるかしら。」


「それも悪くは無いね。でも別にあたしには関係ない。」


「知ってた。あんたそういう奴だし。」


だろうね。と言ってエレノアは煙草に火をつける。知られること自体は問題ないのだ。

ただ、彼女はもう一つの事実を知ったら怒るだろう。だから計画の中で彼女は曖昧な立ち位置にした。知っていながら、知らない存在。


「そもそも、どうやってあんなのを成功させたのよ。あれに使う力、多分国一つ使っても成功する確率は10%位じゃない。」


白髪の天使は微笑んだ。

ただその顔は少しだけ悲しそうに見えた。


「あの娘は生まれた時から器だったみたい。

それも多分、×××のせい。」


なるほど。とエレノアは頷く。

元々何も入っていなかった器に水を注ぐのは実に容易なことだ。

満ちた器に水を注げば溢れてしまう。

ただそれだけのこと。


「やぁ、お二人さん。今日も仲が良さそうだね。」

「おっす。何日ぶりだっけ。」


気さくそうにどこからともなく現れた男は話しかける。男は問いに対し、48日ぶり、と苦笑した。


「なんだか面白そうな話をしてるじゃないか。

俺にも聞かせてくれよ。退屈してたんだ。」


仕方ないな、と白髪の天使は心底嬉しそうに口元を精一杯緩ませて語り始める。

彼女の始まりを。

彼女の喜びを。

『彼女の物語』を。


最初から。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「家半壊とかヤバくない?」


一国の王とは思えない程の軽い口調で、この男、帆紀ほのりは自分の側近に問いかけた。


「ええ。ですがもう昨日の時点で大半の修理は済んだようです。

建築能力者が四名ほど出向きましたので。」


タブレットを頬張りながら側近の藤城侍玄ふじしろじげんは書類の整理をしていた。


その返事は無愛想で素っ気なく、一般の人間から見れば上司に対するその態度は『無礼』に当たるのだろうが、この二人の間では違った。


これが普通なのだ。これでいい。

二人に異論はなく、この距離感の居心地は悪くないものだった。


「いやーでも大変だっただろうね。1日と言えど風呂なしの家が屋根なし壁なし扉なしだからね。」


鬼の襲撃により、数十年前からこの地にあるという日本古来の武家屋敷には総面積で言えば半壊というに相応しい被害が及んでいた。


「この季節は夜風が冷たいですからね…」

「新聞かけて寝てたりして」



◆◇◆


【午前1時半 六条邸】


「へくし!!」

「うるさいんだけど」

「さみぃんだよ!そもそも俺が新聞1枚でお前が三枚っておかしいだろが!!」

「寒いんだよ。ていうか早く寝て。

くしゃみで起こされるの五回目だから。」


◆◇◆


「……ま、それはないか」


「ですね。ところで二日後休暇を取らせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」

「休暇?いいけどどしたの?」

「…補充です。」


タブレットの最後の1粒を口に含んだ藤城はもう一つ、自身の能力で飴玉を取り出した。

彼は重度のお菓子好きだ。お菓子がないと死ぬ様な人間であり、それが彼の特徴でもあるのだ。


「またお菓子なくなったの?前補充したばっかじゃーん」


お菓子を食べすぎた子供を叱る親のような口調で帆紀は笑った。

藤城は自分の能力にモノを『仕舞って』いる。言うなればそれは倉庫。

大昔の日本のアニメーションの青いロボットのような力だ。


「まあいいよ。仕事に支障をきたされても困る。これで買ってきなさい。」


藤城が受け取ったのは分厚い茶封筒。

中にはビッシリと万札が入っていた。

藤城は中身を確認すると一瞬目を丸くさせた後で小さくガッツポーズをし、満面の笑みでお礼を言った。


「……ありがとうございます。」

「好きに使いなさい。税金だけど気にしない気にしない!

だって私、この国の王だからね!

逆らったら死刑だー。なんつって。」



数十年前なら許されなかったその権力ちからを王は使うことが出来る。税金で何をしてもいいし(国が崩壊しない範囲で)

何でも命令できる(国が崩壊しない範囲で)


でも、この王はそんな事はしなかった。

良き王であり続ける為に、一般人と同じような生活を送っている。

その力を帆紀はほとんど使わない。

それが自分の思う良き王だからだ。

その『正義』が、この国の平和を支えてきた。

だがそれも、崩されようとしていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「へぇーまた殺人事件起きたんだ。」

「らしいな。どこの誰がやってるんだか。自由を削られていく俺の身にもなれっての。」


弔木はふてぶてしく呟いた。


建築能力者によって、この家に来た時よりもずっと綺麗になった居間で私達はだらだらとニュースを見ていた。


今日は日曜日。出かけるにも街には人が多いため、弔木が外に出ればすぐに通報される。そうなれば当分死んだ人間が生きてることで大騒ぎになり、彼は牢屋から出てこれないだろう。


特に予定もない私達はこれから何をしようかと、連続殺人事件のニュースを見ながら考えていた。


『昨晩、高校生の少女が殺害された事件は少女のものと思われる体の一部が見つかったとのことです。

切り取られた肉片はおそらく首のものと思われ、何者かがその他の部分を持ち去ったと見て捜査しております。』


実に惨たらしい事件だ。どの事件も、首の肉片とその他の体の一部を『証拠』として残していく。

無差別に高校生くらいの年齢の人間を狙っては同じ手口で殺していく。


姿を目撃したものはなく、恐らく残していった一部以外は体を持ち去っているのだろうと推測されている。

腕や脚を切断して置いていったケースもあるため、少なくとも犯人は大男と報じられていた。



「まるで切り裂きジャックだな」


身体の一部を持ち去ることから弔木は恐らくそう言ったのだろう。

今からもう181年も前の事件であるがよく憶えていたものだ。私も詳しくは知らない。ただ、幾つかの共通点があるのだろう。

私はその消えかけの歴史を隅に置き、苦笑した。


「なぁ、お前これの犯人、どう思う?」


「どう……ってどういうこと?」


弔木はちゃぶ台に肘をついてテレビを眺めて何か思うところでもあるというように眉間に皺を寄せた。


「それならいい。」


「なんだよそれ。」


「いや、ほんとに何でもねぇ。」


妙な余韻を残してテレビから目を逸らし、弔木は近くにあった新聞紙を取った。それは明らかな興味が無い『フリ』だった。

何かを隠しているような表情を隠して、彼は私に話しかける。


「お前、明日から学校だったか?」

「まあね。」

「じゃあ明後日行くか。祝日だしどうせお前予定もないだろ。」


まるで私が毎日暇人かのような口振りだ。否定はしないが些か語弊があるようにも感じる。別に私は好き好んで学校からすぐに帰宅している訳では無い。それは無能力者故のこと。


仕方が無いだろう。バスケをしようにもバレーをしようにも茶道をしようにも『彩』はなくてはならない物なのだ。



「…どこに?」



私はとびきり不機嫌そうに、すべき質問をした。

彼から帰ってきた言葉は予想外なものだった。

いや、そもそも祝日に外に出るという事こそが自殺行為だ。


「ショッピングモールだよ。最近出来ただろ。あそこだ。買いたいもんがある。」


頭のネジが飛んでいるとしか言いようがない。休日、人、店員、監視カメラ。全てが敵だ。

全てを敵に回してまで欲しいものがあるというのか。理解に苦しむ。


私は、自分の胃がそんな感情たちに苦しめられていくのを感じながら私は小さく頷いた。

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