第7話『便利屋は今日も走る』

清々しい朝、平穏な賑わう街。

その喧騒の影とも言える人気のない夜の店。

バーやスナックの立ち並ぶ『夜畳通り』と呼ばれるその場所に、一台の車が止まっていた。


少女が一人、青年が二人、幼女が一人。字面だけでは犯罪臭がしてしまうその一行。一見ただの一般人である彼らはこの街の便利屋だ。

街を車で回っては依頼をこなす毎日。

庭の雑草抜きから飼い猫探し、自動車整備もお手の物。



そう、表の顔は。



明かりの灯らない暗い通り


「あ、あんたらが仮面屋…であってるか?」


四十代くらいのやせ細ったサラリーマン風の男は一人、闇へと進む。

肩を少し震わせながら口元に笑みを浮かべ、まるでこの先の人生が薔薇色かのように。


否、この闇に入ったその瞬間で彼に明るい未来などはない。

それは約束されたことである。

揺るがないし変わることは絶対にない。

そんなことはない、と誰かは言う。

果たしてそうか。


「――はい。『復讐』のための情報屋の『仮面屋』でございます。」


丁寧な口調の男は仮面の奥でニヤリと笑った。

復讐とはいわば炎だ。どんなに消そうとしても消えない炎。それに油を注ぐのが彼らだ。

それが消えることなど、有り得るはずがないだろう。


それを、彼らは知っている。


そして男達は、今日も『仕事』を一つずつ、コツコツとこなすのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「…猫撫。」

警鐘を鳴らし続けるケータイを見て溜息をつく男は横に座っている猫帽子の少女に話しかける。


「ああ、はいはい。ここの真ん中。ど真ん中にゃ。上空から接近、あと数十秒でここまで到達にゃね。」


わざとらしい猫口調の少女は飴を口に放り込み、その警鐘を興味がなさそうに聞き流した。


「お、俺今日はちょっと腹g」

「ハイハイ、それ聞き飽きたし胃薬はやるよ。

あと今からすることとそれ、全くカンケーねぇから。」


ガタイのいいその男はこれから起こる何かに対し、体を震わせ青ざめている。冷や汗が止まらない。


「こんなの、みつけたよ」

ダボいパーカーにアホ毛の眼帯幼女が男達に向かって走ってきた。

手には中華料理店で使うような大きな刃の包丁。


と言ってもここは中華料理店な訳だが、周りはまるで時が止まったかのように静まり返っている。

それもそのはずここは『結界』の中だ。異彩以外はいないに決まっている。


「それ本気で使う気か!嫌だ嫌だ絶対無理死ぬ!!死んでしまう!!」

「毎回毎回うるせんだよ。じっとしてろよ。」

ガタイの良い男を取り押さえていた事務員じみた男は全力で包丁を彼の腕に振りかざす。


鈍らでなかったのが幸いか、男の腕はすっぱりと綺麗に切れた。痛みを堪えられたのは一瞬だけ。

彼は盛大に声を上げる。

寧ろ腕を切られて声をあげない人間など居ない。


「痛ああああああああ!!」

「…ったく慣れろよそろそろ。」


あまりの痛さに叫ぶ男。

その声は誰もいない街の空へ消えていった。


数十秒後。

男は観念したのか店の真下に立つ。

顔色の悪さは治っていないが、目は本気そのものだ。

ガタイのいい彼が位置についたことを確認した男達は机の下に伏せる。

先程男を取り押さえていた方の男はこの状況を気にせる素振りも見せずに一服を始めていた。


猫帽子の少女と幼女はさらに飴を口に含む。美味しかったのか幼女の方は頬に両手を当てた。


鬼接近まであと10秒。

この店のど真ん中でその男、片岸誠司かたぎしせいじは目を閉じる。

秒数を正確に数える。

一秒でも間違えば確実に全員死ぬ。

現実にも被害が出ることはまず間違いないだろう。

1.2.3…彼は口には出さなかった。


――その秒針、寸分違わずその目を見開いた。10秒。彼は切られた片腕を堂々と天に掲げる。

小さく笑みを浮かべた彼は、また目を閉じた。



「――再硬築リコンストラクションッ!!」


そう叫ぶと腕のような形をした結晶が切られた関節の部分から生え、屋根を突き破って突進してきた鬼の頭を貫く。

鬼の突進の勢い、そして彼の腕の構成の速度も相まって、驚く程に強い衝撃が彼の腕と鬼の頭に響いた。

その衝撃で巻き起こった突風は席や窓ガラスを吹き飛ばし、店の外へと吹き抜けていく。

彼の腕の結晶は一部が砕け散り、やがて元の肉の腕へと戻っていった。


「はぁ…お疲れ。」

事務員のような男、伽井雄一郎とぎいゆういちろうはそう言うと片岸に飴を投げつけた。


「派手にやったにゃぁ…」

「そうだねー」

猫口調の少女、猫撫椎名ねこなでしいなとアホ毛の六花りっかも隠れていたテーブルが飛ばされたため退避していた店外から顔を覗かせた。


「今回のは…中型か。動きは俊敏で特に目的があって行動してるわけじゃぁねえがこりゃ面倒くさいな。今の一撃で仕留めれて良かったよ。」

全てのことが済み、四人は小さくため息をついた。朝から依頼、鬼退治と重労働をしたからである。

と言っても主に働いたのは片岸なのだが。



「――…aaAaaa!!」



その安堵を殺す声がこの空間に響く。

その光景は『異様』そのものだった。

おかしい。ありえない。それが四人の頭に流れた言葉だった。


先刻頭を吹き飛ばしたはずの『鬼』は不安定で崩れそうな叫び声を上げた。

どうやらまだ生きていたらしい。

だが、そんな前例は1度も無かった。

じわじわと体の形を保てないといったようにその黒い鬼は体を蠢かせながら四人の元へ歩み寄る。


頭のないそれのどこからこの声が発せられているかは分からない。だが頭を吹き飛ばされて生きてられるのはおかしい。

四人は静かに後退りをする。

じりじりと間を詰めてくる


「下がってろ…もう一撃来るか…ッ!」


片岸は構える。腕は切り落としてない状況であったが、戦闘のうちに斬られても能力は発動する。

自分が盾にならなければ、3人を守らなければ、という確かな正義はここに存在した。


だが、鬼は予想に反して空が透けている天井を見るや否や、最初のようにまた驚く程の速さで飛翔した。世界が戻り始める。

気がつけば四人は中華料理店の前に立ち尽くし、唖然としていた。


開いた口が塞がらない、文字通りの状況。

起こったことの殆どが異質であった為である。

元に戻った世界で立ち尽くす彼らを横目に通行人は去っていく。

目の前で起こった超常現象の恐怖を押し殺し、一行は口を開く。


「今回のは…なぁ…片岸。」

「あ、あぁこりゃ不味い。実に不味い。異質すぎるやつを逃がしちまった。」

「報告、かにゃ……」

「おうさま、おてがみ?」


全員の声が震えていた。変な汗も出てきている。

見なかったフリは恐らく不可能だろう。

どこかで被害が出るかもしれない。

だが、追えるかと言われればそれは難しかった。脚はあるがこれ以上の捜索は猫撫の負担にもなる。

四人は地面に飛び散った灰のようなものを踏み潰し、車へと戻った。


「…藤城にメールはしといたにゃ。」


ようやく真の安息を手に入れた4人は深くため息をつく。猫撫は位置解析を行ったことにより頭痛がしていたようだった。


「サンキュ。とりあえずアレを探すのは難しい。別の異彩に任せるしかないな。」


そう言って伽井は煙草に火をつける。


「次の依頼……やるか?」


口に飴を頬張る片岸は疲弊しきっているようだ。

それもそのはず、片岸の『再硬成』は重いのだ。重量を伴う一撃だからこそ威力は大きい。

だが重いがために体力の消耗は激しいのだ。一般人が鉄の柱を振り回すなんて体を鍛えていようと難しいのは明白だ。

片岸も猫撫も同じような体制で座席にもたれ掛かっていた。


「ほかの、いらいは?」

六花が口を開く。

「えーと、あー。まず表な。表は猫探しの松本さん、子守の小森さん、人探しの夜汐さんだな。」

タブレットのメモを読み上げていく伽井。それに猫撫では肘打ちを食らわす。

「裏にゃ。早くしろにゃ。」

「……っあーと親の敵討ちの田辺さん、宗教団体を放火したい杉内さん、だな。」

それを聞くと露骨にめんどくさそうな顔をした猫撫は片岸に話しかける。

「人探しとかでもいいと思うんにゃけど。」

「俺もそれでいいぞ。」

と片岸。それに六花も小さく頷いた。




数分後、依頼主の夜汐澄香やしおすみかへの電話を終えた一行は指定された待ち合わせ場所へ向かう。

場所はわかったため、移動するためのアシになって欲しいというのが依頼であった。

夜汐澄香を乗せて指定された住所へと向かった片岸達はまた唖然とした。


そこが広い武家屋敷とも言えるほどの豪邸だったからである。一般人が住んでいるとは到底思えない、広い庭付き蔵付き門付きの家だ。

そんな所に一般人が住めるだろうか?片岸達の頭の中はその疑問でいっぱいだった。


だが『あちら』の関係の人物なら『仮面屋』の方に頼むはず。間違えたのだろうか。

そんな風な事を四人は考えた。


しかし、答えを得る間もなく血の匂いが彼らの鼻へと入り込む。

辺り一面に飛び散った血、鼻につく異様なほどの鉄のような血の匂いと何かが焦げたような匂い。

家の様々な場所に血は飛び散り、真っ赤に染め上げていた。地獄のような光景だった。

その凄惨な殺人現場の中で腹に穴を開けて倒れ込む首のない少女を見つけると夜汐澄香は駆け寄る。

首無しの少女を抱きかかえる夜汐澄香にすぐさま3人は駆け寄った。



だが、片岸だけは真逆を見ていた。



――遠くからそれを見つめる、フードを深くかぶった『殺人犯』は茶を啜りニヤリと笑みを浮かべる。このような惨状の中、縁側で茶を啜る彼はこの光景における異様そのものであった。


「……おい…お前が、やったのか。」


彼を睨む片岸の手には自然と力が入っていた。

力強く。これ以上ないくらいに。


「……ああ、俺が。この俺が殺した。」

男は湯呑みを置き、片岸達に向かってきたと思うとフードを静かに取り払う。

見覚えのある顔だった。

この国最大最悪の殺人犯であるという意味でも。

『知り合いである』という理由でも。

なんでお前がここにいる。そう四人は言いかけた。だが言葉にする前に彼が口を開く。


その殺人犯は赤い目をしていた。

血に染まった、という表現こそ彼に相応しい。これ以上妥当な言葉はないという程だ。

何故なら、彼こそが。


『願衣一家殺人事件』

死者 5人。 一人の少女と猫を残して一家全員を殺害。

『間原一家殺傷事件』

死者 4人。

一人の少年を残して家族全員を殺害。

『龍美一家殺人事件』

死者、20人。

一人の少女とその兄を残し、龍美一家とその関係者を全員殺害。


死者合計29人に及ぶ大量虐殺。

今世紀最大とも謳われる最悪の事件、『王都連続殺人事件』をたった一人で行った大犯罪者シリアルキラー


「よお、片岸。」

「――弔木……灯哉…!」


至る所にに包帯を巻いた殺人犯は依然として笑みを浮かべ続ける。


彼のその真っ赤な目は片岸達を通り越し、少女の遺体を睨んだ。弔木は落ちてる首がこちらを向いていたことに少しだけ気味の悪さを覚えた。

あと20秒。その時間は弔木にとって、酷くつまらない時間になる事だろう。


その思いを弔木はため息に変え、吐き出すのだった。

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