第5話『真っ黒』

鳴り響く携帯のアラーム音。

お気に入りのアニソンをアラームにセットしている私は毎朝好きな歌で気持ちよく起きることが出来る。


筈だった。


いつもの夢から覚めた私はその瞬間、現実に戻る。私にとっての不都合。

それは私の横にしゃがみこんでいた。

だが私は今の状況に不満を言う気力など無かった。



「起きたか。六条。」



私の小さな舌打ちは彼の大欠伸により打ち消されてしまった。

眠気からなのか、それとも彼が私の家にいるという事象に対してか、私の目付きは自然と悪くなった。


王様に会いに行ってから、私が死んでから、私が生かされてから4日。



「飯出来てんぞ。早く来い。」



『殺人鬼』は私の家に住んでいる。



「……おはよう」


こうして私の最悪な4日目は始まった。重いまぶたを精一杯開く。

眠気が覚めないまま私はリビングとして使うことにした部屋、準備されてる朝食の前に座った。


『リビングとして使うことにした。』

その言葉の通りである。ここは私の家ではない。

昔と違い、様々な理由で日本には土地と空き家が多くなった。

だから私たちが今住んでいるこんな豪邸も王都のこの街には幾つかある。

誰が使ってたものか、いつ出来たものなのか。

それを知ってる人間は数少ない。


彼は意外にも料理が出来るらしい。

この四日間の朝食は全て彼が作っていた。


「……こんな豪邸、ほんとに必要だったのか?」

彼はちゃぶ台に肘をつきながら、ご飯を食べている私に問うた。

「まあ、あの狭いアパートだと2人じゃ狭いしね。」

「そうかァ…?そうかぁ……まぁあのクソ王がくれるっつったんだからまあいいか。」


確かにこの家は広い。とても広い。

部屋の数、およそ10。平屋で蔵と広い庭付き、小さな畑の跡のようなスペースもあり。

縁側あり、トイレあり。

そして風呂なしだ。もう一度言う。風呂なし。

ここまですごい家で唯一の欠陥。

幸い近くに銭湯があるため風呂はなんとかなる。



家事スキルが高くまるで優しいお兄さんに見えなくもない彼、弔木灯哉とむらぎとうやは紛うことなき大犯罪者だ。国中を震撼させた連続殺人事件の容疑者である。


なぜ彼と私が同居することになったか。

それは至ってシンプル。単純明快な理由だ。

彼に家はなく身を隠す場所がない。

協力関係になった以上それは必要不可欠だ。通報されでもしたらそこで終わりである。


そしてもう一つ。


彼を養うための費用としてお金が入るからだ。毎日五万円手に入るのだから受けないわけがない。


なので『仕方なく』同居しているのだ。つまりただの利害関係。それ以上でも以下でもない。



『以前起きた連続殺人事件に関与すると思われる事件が――』


テレビから流れ出すアナウンサーの声。まるで機械のようなその声は静かに事件の内容を伝えた。


「これ、アンタじゃないんでしょ?」

「そうだな。」


お茶を飲みながら彼は目を細めて素っ気なく答えた。


「なんとも思わないの?」

「俺が言うのもなんだが昔と違って今の警察は優秀だ。人間に関してはな。それに目的はわからねぇがやり方は何となくわかる。」


ニヤリと笑って彼はニュースの画面を睨んだ。

『弔木灯哉の後継者』それは事実無根の推測であり、彼にとって一番気にかかる事だったのだろう。

その言葉に彼は不機嫌そうにニヤリと笑った。

その思考と笑顔は不快と愉快が混ざりあった奇妙なものであった。恐らく多いのは好奇心だろう。


朝ごはんを食べ終わった私達に予定などなく、これから何をするかということだけが思考の最優先事項だった。


「そう言えばお前クソ王にアレ貰ったろ。あれ。」


突然痴呆症になってしまった彼は謎の仕草を繰り返しながら何かを伝えようとする。アレってなんだ。


「端末のこと?」

「そのなんだ、薄いヤツ。そうそれだ。それ。それ使ったか?」

「まだだけど…なんかあるの?」



とりあえず箱から出して使ってみる。使わなかった理由は一つ。


私の携帯は旧式のゾウガメみたいな名前の奴であるが、アラームと時計にしか使わなかったことだ。

今はもう製造さえもされてないらしいが友達がいない私には不必要極まりない代物だ。



パスワード設定とやらを終え、端末を起動するとメールが届いたらしく、ピコンと音を立ててバナーが表示された。

正直使い方とかまだ分かってない。


そのメールは王様の側近の藤城さんからのものだった。


「お、なんか来たか。」

「藤城さんから。開いてみるね。」


メールの四角いやつを押す。

四角いやつに名称とかあるんだろうか。



『件名:おはようございます


王の側近の藤城と申します。

その後体の調子は大丈夫でしょうか?分からないことがありましたら何なりと弔木に言ってください。

馬鹿だけど流石にそれくらいは分かるはず…

多分わかるので頑張ってください。

健闘を祈ります。』



酷く簡潔なメールをそっと閉じる。王の側近の人がこんなにも緩くて大丈夫なのだろうか。

まあいい。そんなことより端末だ。

まだ何も分かってない。


「ねえ、これ何?」

「あぁそれは『彩』を見るアプリ?だな。開いてみろ。」


目の四角いやつを押す。どうやらこの四角いのはアプリというらしい。私また一つ賢くなった。


暗転した画面は真っ白な背景へと変わる。

純白の画面には五つの項目。

一番上には私の名前が大きく書かれていた。

「名前以外真っ白だけど…?」


「そりゃ彩を発現してないからだな。

真ん中のでかいのが本来『能力名』がある場所

左のが『彩分類』。

右のが『彩ランク』だな。

んで能力名の下のヤツが武器だとよ。」


彩分類。それはすべての能力者が分類される『色』の事だ。

赤、青、黄色、無色、緑を基本とし、

その他にも紫、橙、白、黒などもあるらしいが数は少ないらしい。


「それでこのランクってのは――」


空気の重さを感じた。

空気が違う。何かがおかしい。

それに暗く感じる。



「――ねえ、弔木。」

「あぁ?なんだってんだよ」


窓の外を見ても何も無い。ただいつも通りの空。

よく晴れた朝、と言っても10時半だが。


文字通り『重苦しい空気』。

確かめようがないがさっきまでとは何かが違う。

まるで一瞬にして別世界に移されたような、そんな気分だ。



『『『~♪~♪』』』


私と弔木の端末がけたたましくサイレンを鳴らす。あまりに突然のことで一瞬落としそうになったが何とかキャッチした私は辺りを見回してから画面を見る。


「何…これ。」


画面には大きな赤文字で『鬼出現』と書かれていた。

その瞬間、私の家の周りを黒い何かが通る。動きが早いのではない。

純粋に、一瞬しか見えなかったのだ。


その瞬間、広い庭に面したこの居間に突風が吹く。何かがそこに立っていた。

真っ黒い、何かが。


「なに…これ……」

「鬼か…!逃げてろ六条!!」


人の様な形を作り上げる数十個の三角錐。

瞬きをすると『それ』は私に突進してきた。

じわじわと形を崩しながら動く頭部のない『それ』は衝撃で廊下まで飛ばされた私の前でゆらゆらと蠢いている。

第二撃。『それ』は鋭く尖った腕で私を突き刺そうとし、叫ぶ。


「aaaaaaaaa!!!」


「…重いな…っ意外とッ!」


滑り込んで私と鬼の間に入ってきた彼は腕を弾き返した。だが助かったと思ったのも束の間、身を翻した『鬼』は空を蹴ってもう一度突進する。


今度は確実に彼を避けて来た。

どうする。防ぐ術はない。左に飛ぶか、右に飛ぶか。伏せるかしゃがむか諦めて攻撃を受けるか。

頭の中が選択肢で溢れる。


瞬きをするともう目の前だった。

避けられない。私はそのまま重い一撃を食らう。腹部に電撃を喰らうような痛みが走る。


「……っ!」


痛い。痛い。痛い。口から血と胃液が混ざったものを吐き出す。まるで腹を抉られたみたいだ。

腹に感覚がない。

頭には『痛い』という思考しかない。


躰は宙を舞う。廊下をそのまま真っ直ぐ飛んだ私は扉を突き破り、気づいた時には物置部屋の奥に打ち付けられていた。

背中にも激痛が走る。また血を吐く間もなく目の前には黒い影。

もう一撃食らわされたら恐らく私は死ぬ。

鬼もそのつもりだろう。ここで私を殺さないわけが無い。


頭、背中、腹。傷を負った場所が悪かったからか視界が霞む。目の前の鬼がぼやける。

意識は朦朧とし、だんだんと自分の感情がわからなくなる。痛いのか?死ぬのが怖いのか?私が何故こんなことに?

そんなことも考える暇もなく、鬼は壁に寄りかかる私に向かって腕を向ける。


刀のように変化させた腕で私を殺すようだ。

ゆっくりと私に歩み寄る『真っ黒』。

もうそれに恐怖は感じなかった。

いや、恐怖を感じるほど頭は働かなかった。



――ああ、もし



もしも、私に能力があったなら。


そんなことをこの期に及んで考えてしまう私は多分、頭がおかしいのだろう。

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