第3話『特例って言葉は便利すぎる』
麗らかな日差し、暖かな風。
日本の五月くらいの丁度いい気温を思わせるような場所でその少女はは花畑の中にある小さな椅子に座り本を読んでいた。
「エレノア。そろそろじゃない?」
「あら、○○。あなたがここに来るなんて珍しいじゃない?
何、知り合いでも来るのかしら?」
「まあちょっとね。」
と憂鬱そうに彼女は呟いた。
「じゃあ私そろそろ行くね。どうせここにいるんならその本、読んでもいいよ。」
とその少女は彼女に優しく告げた。
「ありがとう。行ってらっしゃい、天界案内役天使エレノア。もし白髪の先が少しだけ黒い子が来たら宜しくね。」
「ええ。わかったわ。」
○○は少し不安そうに笑う。
エレノアがいなくなったあと短く溜息をつき、本に目をやる。
「『世界の拷問器具』…ね。」
エレノアから渡されたどこから読んでも物騒な本を見て呟いた。
彼女から渡された本は天使が読むようなものとは少しどころではなく遠い物だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
真っ暗な闇。そこには前も後ろもなく、そこに私は存在している。存在しているだけだ。
剣で貫かれた私の胸に傷などは一つも無く、服に破れた様子もないがお気に入りだったパーカーは血で滲んでいた。
「……ここ、どこだろう」
しかし困った。何も見えないしおそらくここには床も天井も壁もない。
座るにも何に座ればいいかわからないし立ってても疲れそうだ。
なんとなく大きな声を出してみる。
まるで吸収されたかのように声は消えてしまった。
……向こうで何かが光っている。
小さな火の玉のような、青い炎。
それに駆け寄ろうとしたが全く今の地点から動けない。
だんだんと炎は大きくなり、私の数メートル先までやってきた。
「…なに、これ。」
「六条雪華さん!ようこそお越しくださいました!」
火の玉は瞬く間に金髪で青い目の清楚な少女へと姿を変えた。
古の『日本昔話』でもそんな展開を見たことない私は戸惑いを隠せずにいた。
『ようこそ』と言った少女は手を差し伸べる。
来た覚えもないし本当にここはどこなんだろう。
その瞬間、彼女の背後からは大きな扉が現れお城の広間のような景色へと変わった。
その白さは私には眩しく、一瞬目を瞑る。
「初めまして。六条雪華さん。」
目の前の玉座の女性は私に少し頭を下げる。
その女性が普通と違うことはなんとなく私でも分かった。
「あの…ここは…?」
「六条雪華さん。どうか、どうか驚かないでください。」
静かに目を瞑るその女性は目を開くと慈愛のこもった目で私を見つめた。
「――貴方は先ほど亡くなりました。」
「へ?」
いやいやいや。何を言っているんだ。私が死んだ?生きてるじゃないか。呼吸もしてるし冷たい床の感触もあるし風も感じれる。
「そしてここは天界。魂の行き着く場所です。
申し遅れました。私、天使長と申します。漢字の通り天使の長です。」
状況が飲み込めない。天界?魂?天使?
そんなファンタジーが存在するわけないだろう。
『そんなファンタジーはアニメの中だけにしろ』と言いたいがどうやら本当らしい。
どういう原理で浮いているのか分からない天使の輪、どうやって生えてるのか知らない天使の羽。
納得せざるを得ない確かな証拠だ。
私一人のために盛大なドッキリ、なんて事はありえないだろう。
むしろドッキリであってくれ。
「あの…私はこれからどうすれば…」
「何も心配はいりません。もう1度生き返れますので。」
「そうなんですか……?」
「はい。しかも『彩』付きですよ。」
私の隣にいた金髪の彼女が天使長さんのひょこっと顔を出して私の質問に答えた。
「なぜ私に彩が……?発現しないはずなのでは……」
少し困り気味に問いを投げかける私に天使長さんと金髪の天使さんは顔を見合わせ、こちらも困ったように答えた。
「「特例なので」」
特例って言葉便利すぎだろ。それ言えばいいと思ってんのか。
という気持ちは抑え愛想笑い。
私は愛想笑いが苦手なのは言わないでおく。
「彩を獲得する時貴女は夢を見ると思われます。どうかその夢を大切に。」
「夢、ですか。」
「――まあ特にお話することもないので下界にお戻ししますね。雪華さん、ご武運を。」
突如現れた黒の扉。この白い広間とは真反対の吸い込まれそうな黒。
気がつけば私は扉に手をかけていた。
扉が開く。そこで私の意識は途絶えた。
「行きましたか。結構早く終わりましたね。
……そこにいるのでしょう?○○。」
「ははは…分かってましたか。」
「全く貴女はすぐサボるんだから。
本当にこれで良かったの?
まさか一度きりの『願い』を使うだなんて。」
「いいんすよ。……まぁ気まぐれっす。
あっ喫煙所行ってきますね。あと三時間は帰ってこねーっすよ。」
「もう、またすぐそうやって…」
「…私も行くわ。あと何箱ある?」
「もうエレノアまで!」
天界案内役天使のエレノアと天使長の『側近』の天使○○は喫煙室に向かう。
天界の重役の彼女達はサボり魔である。
と言っても重役はこの2人のみだ。
天界の解放的な空気より喫煙所の閉鎖的で有害な空気の方が彼女達は好むのだ。
ああ、実に天使らしくない。それが彼女達のこの清く正しい空気への囁かな抵抗なのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「やあ、六条雪華。」
空と海が合わさったような場所。扉に引き込まれたはずの私はそこに立っていた。
そこには壁と天井はないが床は存在していたため先程の暗闇のような孤独感による恐怖は存在しなかった。
目の前の深く、暗い影に私は問う。
「貴方は…誰?」
真っ黒な影は不気味に嗤う。
『はははそうくるか。』
と、まるで私をご馬鹿にするように。
「すぐに教えるのも面白くない。
…これはゲームだ。
僕の正体を知りたいなら――」
「『
…夢は覚めた。血塗れの服。
燃えるような夕焼け。壊れかけの電灯。
どうやら私は眠っていたらしい。
公園のベンチに寝ていたせいか身体中が痛い。
私に外傷はなかった。
「よお、起きたか。」
覗き込む彼、近くの自販機で買ったものかミルクコーヒーを飲んでいた。
「はく…あ…?」
「寝惚けてんのか。起きろよ。」
私の頬を優しく叩く彼。飲み終わったペットボトルを宙に投げたと思えばゴミ箱にそのまま入っていった。
「私貴方に……」
「ああ全く最高だったぜ。お前の殺された時の顔。よーく騙されてくれたなァ。」
これは言い訳だ。私は別に普段何があってもという訳では無いが怒りはしない。
頭より体が早く動くなんてことはごく稀だし今迄もそんなことは無かった。
だから今回は『特例』だ。
何が私をそうさせたのかは分からない。体が勝手に動いた。それだけ。
気がつけば私は
――彼を思いっきり殴っていた。
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