第2話『詠唱くらいちゃんと読もうよ』

……分からない。死を覚悟し、目を瞑った私はもう既に死んでいるはずだろう。なのに体の感触はまだあり、呼吸もできる。

どこか欠損してる様子もなく、血が出ている様子もない。

数秒思考してみたが異常などなかった。


目の前にまだ『鬼』がいるということ以外は。



いつの間にか、目の前の鬼は片腕を失い、ただ私を見つめていた。


私の頭に浮かんだのはただ一言、

『意味わからない。』だった。

その状況を呆然と見ずにいられるのは余程の戦士か余程の馬鹿だろう。



「ア゛ァァ゛アァァァガァア!!」



数秒たって腕が飛ばされたという状況を理解した『鬼』が痛みを堪えるように悲鳴をあげる。

グルグルと動く目は数秒たって彼を認識した。

鬼のような形相と言うべきか、まあ実際鬼なのだが目の前の化け物は彼だけに意識を向け、硬直していた。

数秒して腕を燃え滓にされたことにひどく憤慨した様子で彼へと飛び掛る。



「ハハハハハハ!!キレてんのか?

鬼の分際でよォ!!」



そう言って男は飛び掛りながら形状、いや性質を変えていく『鬼』の四肢を次々に切断する。


はっきり言って異常だ。鬼を倒す事がでは無い。

彼がこの状況を『楽しんでいる』事が、だ。

彼はニヤリと笑みを浮かべて鬼を細切れにしていく。

そのまま彼は私の元へ歩み寄ろうと振り返ったがまだ少し残った破片に違和感を感じた。

呆然と見ていて思考が追いついてない私でも理由はすぐにわかった。


……まだ生きている!!


「避けて!!」

「あ?わぁってるよ。叫ぶ必要はねぇ。」


周りの塀を壊しながら身体を鉄のような形に再構築していく『鬼』をひらりと交わした彼は剣を上に向け、小さく何かを唱えた。



「これで終いだ。――散れ。」



迫る鬼に正面から剣を突き刺す。

光を放つ剣は鬼の全身に刀身を伸ばし、貫いた。

穿たれた鬼はみるみる灰のようになり吹いた風とともに消えてしまった。


例えるならばそう、彼の戦い方はまるで獣のようであった。


「おい、息してるか?」


呆然と彼の『狩り』を見ていた私は、呼び声と同時にぺしぺしと頬を叩かれる事で我に返る。

目の前には薄汚れた服に顔や頭に包帯を巻いた正直清潔とは言えない男が私の前にしゃがみこんでいた。


「は、はい大丈夫です。助けていただき…」

「礼ならいい。それよりお前、何で異彩じゃねぇのにここにいんだよ。」


『異彩』それは戦闘用能力の事である。だがなぜ今その話を?

困惑した私は単に思考能力が衰えただけでなく、判断能力も落ちたようだった。



「異彩?なぜ…?」


「なんでも何もここは結界の――。

あれ?お前どっかで見たことあるような……

お前……六条雪華か…?」


「そう、ですけど…」



無論、こんな男に会った覚えはない。

寧ろここまで身だしなみに気をつけない人間は稀少生物と相違ないほどだ。

顔や髪に包帯、薄汚い服に血だらけの腹、会ったとしても忘れるわけない。


「おお、やっぱりか。なら話は早い。」


そう言って彼は私を脚の先から頭の先まで顎に手を当てて眺める。



「お前、『無能力者』だろ?」



その男はありえない言葉を口にする。

私以外が知るはずのないその事実はその男の口から出るはずのない言葉なのだ。


「なぜ…知ってるんですか。」


「まず、理由は三つある。

一つ、お前が『鬼に全く抵抗しなかった』こと。ゴミみてぇな能力でも抵抗くらいする。」


彼は指を立てて一つずつ曲げていく。



「二つ、お前から全く『色』を感じなねぇこと。」


『色』、などと言われても困る。

なにかの専門用語だろうか。


「三つ、お前のことを一方的に知ってる奴に頼まれてここに来たから。」



"一方的"という不可解な条件をつけてすべての理由を述べた彼は指を折る。


私にもストーカーがいたとは驚きだが何方かと言えば犯罪者っぽいのはこの男にも見えた。


「私、ストーカーとか居たんですか…」

「あ?ちげーよ馬鹿か。とりあえずそいつは危ないヤツじゃねえだろうから安心しとけ。」


気づけば空は元の夕焼けへと戻っていた。相変わらず人は通らないし電灯は壊れかけだが。


「そこでだ、お前に一つ提案がある。」

「提案……ですか?」


ああ、と男は呟き大きく手を広げる。




「俺はお前に『彩』を授けられる。」


「…は?」



思わず間抜けな声が出てしまったが彼は今、この世で一番トチ狂ったことを言ったのだ。無理もないと自分でも思う。



本来、一般教養として私達に植え付けられた知識は、


『彩は8歳までに完全に発現しなければならず、7歳までに少しでも兆候がなければ一生発現しない。』


というものだった。彼の言い分が通るならばそれは大問題ではないか。

国そのものが認めた能力発現の水準が間違ってることになる。



「だから、彩、ねえだろお前。俺がお前に『彩』を発現させてやるって言ってんだ。」


「7歳までに発現しなければもうこの先……」


「これは特例なんだよ。」



怪しい誘いへの私の疑問はたった一言で片付けられてしまった。特例とは便利な言葉だと関心している暇はなく、まだ彼に聞かねばならないことはあった。



「どうする、やるか。やらねぇか。」



そんな胡散臭い話信じる奴がどこにいるんだ…馬鹿にしてるのか。

「そりゃ貰えるなら欲しいけど……」


しまった。言いたいことと思ってる事が逆になってしまった。

だってそりゃそうだろう。


いくら望んでも絶対に手に入らないと言われてたものが手に入るチャンスかもしれないんだ。欲しくないわけがない。


「じゃ、そこの公園いくか。」

「は、はぁ…」


この場所から公園までは30mもないと思う。私も小さい頃遊んだ公園だ。

私はただ彼の後を追いかけることにした。


公園につくなり、彼は私に中央に立て、とだけ言ってベンチに登って公園を見渡した。


「まあお前は目ェ瞑ってろ。すぐ終わる。」


私は全く疑うことをせず、ただ目を瞑った。カリカリと地面に何かが削れる音が聴こえる。

時折足元に気配を感じるのは彼が何か書いてるからだろう。

15分くらい経ったか。私の後方から彼は声をかけてきた。


「それじゃ、始めっか。」


バチバチと電撃が走るような音が響く。辺り一面、青い光で輝いていることは目を閉じた私にも何となくわかった。

彼は告げる。静かに。鋭い声で。



「我、ここに命ず。少女、力を欲す者。


我、扉を呼びし者。


汝、扉を開きてこの者を通せ。


境の刻、少女の名は―――」



彼の言葉が途切れる。周りの光も消え、あたりが静まり返った。目を開けそうになったが私は堪えた。


「……やっぱめんどくせぇ。

なぁ、六条雪華。だからよ。」


彼は申し訳なさそうに。それでいて淡々と。







「……死ね。」






「―――え?」


突如として現れる痛み、目を開けると先程まで無かった彼の剣は私の胸をその光の刃で刺し穿ち、大量の血が溢れた。


靄のかかった消えゆく意識の中で私は、彼のニヤリとした不気味な笑顔を見た。

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