第一章 世界は私を嫌ってる。されど、あの子は。

第1話『少女はまた、夢を見た』

「……なんだ、夢か。」


驚くほどリアルで非現実的な夢を見た少女は、ベッドから飛び起きた。


整ってない呼吸を治すため、短く深呼吸。その後に自分の左腕に手を置いた。


最近、毎日のように見るそれは『見た』ということを除いては多くを忘れてしまう。

少女も同じ夢を見ることについて不思議に思わなかったわけではない。

『深層心理』だとか『不吉の予兆』等と書かれていたがこの夢に意味があるだなんで思わなかった。

夢は夢だ。現実じゃない。

そう割り切っている彼女にはそれもただの日常であり、ごく普通のことなのだ。


時計の針はまだ午前二時半を指していた。


夢によって異常に汗を書いた少女はリビングに降りて水を飲む。

何かに怯えるように汗をかいた少女は震える手でただ何となく、右脚を触る。


母譲りの綺麗な白髪の先、横髪のちょこっとだけ黒くなっている所を触るのが少女の癖であった。


髪の先を弄りながらソファに掛けてあったお気に入りのパーカーを羽織りソファに腰掛ける。

『自分以外誰もいない暗い空間』というのはなんとも不気味で悍ましいもので、この少女もやはりそれを感じたのだった。


「何怖がってんだろ、私。」


ふと少女が呟いたその言葉は小さな夜の闇に消えた。

意識としては違えど未だ震えは止まらず、何かに怯えるように少女はお気に入りのパーカーで身を隠す。


暗く、雨の降る夜。怯えて眠れない少女は雨音に耳をすまし、目を閉じる。

寝れば見てしまうその夢を、彼女自身は何とも思わない。だが身体は、震えて止まらない。

だんだんと意識は遠のき、彼女はゆっくり堕ちてゆく。


――さあ、また夢を見よう。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



この私、六条雪華ろくじょうせつかは学生である。

もっと細かに言うと高校一年生の16歳。

勉強もそんなに苦手ではなく、スポーツもそれなりに出来る『中の中人間』だ。悲しいことに恋などはしたこと無く、どこにでもいる高校生だ。


ある一点を除いては。


私は『サイ』を持っていないのだ。

私だけが持っていない。持てない理由もわからない。だから私は―――


「……じょう、六条!」


「は、はい?」


教師の声で自分の世界から帰ってきた私は自分が当てられていたことに気づく。全員が授業に集中し、静まり返る中、私だけが授業を聞いていなかったこととなる。

だが幸いなことにこの授業は日本史だ。答えられない人間などいるわけがない。



「2039年、王政となった日本だがその前と後、何があった。言ってみろ。」


「……2025年、『彩』の発見。2043年、『鬼』の出現です。」



小学生から聞き飽きるほど習った日本史は『風化させない』という王の意向の通り、しっかりと多くの人間の頭に染み付いている。

その為、正直聞く意味など無いのだ。

本当に飽きた。辛い。



「お前ら、彩についてはもう分かってるな?」

「当たり前じゃないですか。みんな持ってるんですし!」



火を噴く者、消しゴムの形状を変える者、空に絵を書く者、鉛筆を丸める者、様々に自分の『彩』を見せつけるクラスメイトたちはこの場所を先程までの静まり返った教室とは全く違う空間へと変えた。


そう、『彩』とは言わば超能力の事だ。2025年、東京の小学生が目から光線を出したことで発見された、というのが私達が習った話だった。



「コラコラ、あまり授業中に使うんじゃない。そうだな、次は葛城。『鬼』とは何かを答えろ。」


「人間を襲う正体不明の生命体です。」



100点満点の回答をしたその少女、葛城唯かつらぎゆいは私の唯一無二と言っても良い親友だ。

薄い茶髪に緑の瞳。男子から告白されることも少なくないと聞く。

私が男だったとしても告白してるだろう。

まるで私と釣り合わないその可憐な美少女は少し私の方を見て微笑んだ。



「その通りだ。これが鬼、見た目は様々、特徴も様々だ。鬼はいつかを境に出現することはなくなり――」



教師は次々に多くの人を殺したであろう鬼の姿を黒板に映し出していく。

動物のような形のものからただの球体だったりと本当に様々な形をしていたようだ。


鬼はある日を境に居なくなった。

それによって平和が訪れたことは素晴らしいことだろう。

だがその理由を、私達は知らない。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「そういやぼーっとしてたね、雪華ちゃん?」

「ああ、ちょっとね。考え事。」

「そっか。何かあったら言ってよ?ご飯作りに行くから。」



帰り道、夕焼けを背に私達はなんてことない会話をした。本当になんてことない、人生の中で意味を持たない会話だ。

だがそれが、私の一日の中で最も楽しい時間だった。


「じゃあ、私ここだから。またね。」

「うん、じゃあね。」


いつも唯が曲がってしまう角。

話している間に着いてたようだ。

どうやら

『楽しい時間は早く終わってしまうもの。』

というのは本当らしい。


空が段々夜に近づく。バチバチと音を立てて古びた電灯が明かりを灯し始める。

まるで周りの影が自分に纏わりついてくるような、そんな感覚に襲われる。

ただの夕暮れなのに、不気味に感じる。


誰もいない道の孤独感と、静けさは私の足を速めた。


ふと、いつもは見もしない路地を見かける。その路地に吸い込まれるように私は覗き込んだ。



――それが間違いだった。



灯りもない、真っ暗な路地。

何も無いはずなのに、何かが動いている。

奥に動いてるのは…なんだろう。

赤い玉…?

不規則な動きを繰り返してるそれは

だんだん私の方に向かってくる。



ああ、



――『目』だ。



「うわぁああああ!!」


紛れもなく、今私の目の前にいるのは『鬼』だ。

赤い玉じゃない。

血で染まった目だ。


「ァ゛ァ゛グァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」


咆哮する鬼、その視線の先には私がいた。

―逃げろ、逃げろ、逃げろ。と脳が身体に警告する。

だが、この道は一本道だ。

恐らく逃げても私の脚では追いつかれる。

逃げようと逃げまいと私は食い殺される運命が決定してしまった。

だからもう、諦めることにした。


元々こんな人生だ。

生きていたって意味が無い。


ああ、恵まれない人生だった。

何も残らない人生だった。

私は自分に言い聞かせるように必死にそれだけを考えた。でも、それでも。


「――嫌だ。」

違うだろ。


「まだ…」

生きたい。


「やり残したことが――」

涙が、零れ落ちた。



「――へぇ。そうか。」



閃光。一瞬光を放ち、視界が眩む。

突如"何か"が轟音と共に発射されて鬼を貫く。

気づけば、鬼の片腕は焼かれたような傷を残し、消失していた。


「おい、何やってんだガキ。」


その冷たい声に顔を上げるとそこには薄汚い服の男が1人、こちらを強く睨んでいた。

その目は、綺麗な赤だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る