無彩の雪華

2億円サイダー

タイハイのプロローグ


――ある少女は叶えた。


『種』の救済を。



ある少女は願った。


たった『一人の命』の救済を。


そこにあるのは願望以外の何物でもない。

自分のための理想。



――少女は知ったのだ。


足掻くことに意味は無いと。



炎に包まれ、輝いた街はある一部分を除いて全てが燃え上がった。

その混沌とした街の中心。少女と男は向かい合い、過去を思い出しながら語り合っていた。

その会話を傍聴する者など此処にはいない。

少女の片目は既に無く、男は片腕を失っていた。


「二人とも、…もうボロボロだな。」


吐息混じりに彼は精一杯の言葉を口にする。今にも消えてしまいそうな儚い笑顔だ。

恐らく彼も腕だけではない大きな損傷を受けているのだろう。



「……そうだね。」


もう、私も限界みたいだ。視界が霞み、ぼやけ始める。

ふと腹に当てた手には驚くほど暖かい感触があった。



――ああ、なんだ血か。



手は既に綺麗な赤に染まっていた。


身体からそれを溢れさせている傷に痛みなどない。もう片目が無いことさえ忘れてしまっていた。

終わる世界の中心で、彼は願いを一つ、少女に託す。



「――雪華、行け。これでいいんだ。逃げろ。

そんでアイツらと…仲良く暮らせよ。」


「……っそんな!」


「頼む。俺はもうダメだ。」



彼は吐血混じりの言葉で、私を睨みニヤリと笑う。

私にももうダメなことはわかっていた。それでも、まだ出来ることがあると信じたかった。


辛うじて数分だけ歩くことが出来る私はまだ逃げられる。

視界が霞む。それは体の傷によるものでは無い。私の目から溢れる液体によるものだった。



「さあ、行け。」



その静かで暖かな声は私の涙を加速させた。止めたいのに、止まらない。

既に制御不能となっていた感情は溢れることをやめなかった。

声を上げて泣く。まるで小さな子供のように。それを背後から見守る彼は、どんな顔をしているのだろう。



――嫌だ。嫌だ。嫌だ。


行きたくない。

貴方ともっと一緒にいたかった。


私の頭はそう訴え続けるのをやめない。それでも脚は彼とは逆の方向に動いてしまう。

震える足で1歩ずつ、割れたアスファルトを踏みしめる。



私はとっくに壊れていた。


体も。


心も。



……皆はもう逃げたんだろうか。

段々と視界に映るもの全てがぼやけてきた。



もう右脚に感覚はない。

あ、足千切れてるや。でもあんまり痛くない。それに右手は辛うじて動く。

左手は…もう無いや。



彼の声がする。


「――じゃあな、雪華。」


「うん。」

嫌だ。


「…また皆で元気でやるよ」

あなたがいない世界なんて。


「じゃあね。」

生きる価値もない。



この噺はここで終わり。


少女にとって、彼のいない世界など無価値でしかない。

その世界から得られる称賛も、人生も、栄誉も、彼女には全て『無価値』そのものなのだ。



それ故に少女は死を選ぶ。

少女は彼の視界から消えるまでただ真っ直ぐに歩き続けた。


彼と同じように笑いニヤリと笑みを銃口を蟀谷に押し付ける。

彼女の懐に入っていたその拳銃は壊れかけではあるが弾一発を撃つには充分だ。


――引き金を引いた。




少女は知った。


絶望を。



少女は願った。


救済を。




六条雪華は、



――夢をみる。

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