浮かれポンチが聖なる夜に

 十二月。俺は柄にもなく……いや、柄通り、浮かれている。

 去年の十二月は、受験戦争まっただなかで、それどころではなかったけど、今年は違うのだ。千寿ちゃんと、いちゃいちゃクリスマス!

 トシと、お互い恋人に贈るプレゼントを探しに街へと繰り出し、あちこちイルミネーションや飾りでにぎわうのを肌で楽しむ。


「みゃあちゃんって、どういう系好きなの?」

「うーん、サマンサのアクセにしようとネットで目星はつけてきた……」

「そっち系かあ」

「大坂さんは?」

「それがさあ……」


 数日前、それとなく探ったときの会話を苦々しく思い出す。


「千寿ちゃんさあ、ピアス開いてないよね」

「うん? そうだね?」

「アクセ、あんま好きじゃない? ネックレスとかつけてるのあんまり見ない」

「ああ、金属アレルギーだから」

「えっそうなんだ?」

「うん」


 金属アレルギーにもいろいろ、この金属がダメ、こっちは平気、というのがあると思うけど、千寿ちゃんもしっかり調べたわけじゃないみたいで、そこまでは聞けなくて。


「え、じゃあアクセはほぼ全滅だな?」

「そうなんだよね……」

「でも、鞄とかなると急に値段上がらね?」

「そうなんだよね…………」


 いったい何をプレゼントすればいいのか、正直なところ途方に暮れているのである。今までのカノジョにはなんにも考えずにアクセサリを贈ってきた。しかも高校生の頃だったから値の張るブランドものじゃなくて絶対アレルギー対策なんてしてないものばっかりだったし、かわいいかどうかだけで選んでた。そうすると、過去の経験が何の役にも立たないのだ。

 大学生なんだし、せっかくこのためにバイトも増やしたのだから、適当なもの、なんて絶対に贈りたくない。

 それに、千寿ちゃんに喜んでほしい。そのためには適当に選んでいてはダメだ。


「なんだろうな……大坂さんって、何か好きなものとかあるの?」

「……おしゃれだし、服は好きそうだけど、俺が選ぶのはなんか違くない?」

「たしかに」


 サマンサのジュエリーを見ながら、トシは真剣に悩んでくれる。と思っていたら。


「なあ、みゃあはこっちとこっちどっちが似合うと思う?」

「俺のこと考えてくれてたんじゃなかったの!?」

「こっちのがかわいいけど、ちょっと予算オーバーだな……」

「無視!」


 ぎゃんぎゃんとわめくうちに、トシはかわいさに負けて予算オーバーのほうを購入している。末代まで祟るぞこんちくしょう!

 会計を済ませ、ラッピングされたものを受け取ったトシは、毛を逆立てている俺をどうどうとなだめつつ、今度こそ真剣に俺のことを考えてくれ始めた。


「革のアクセサリーとかどう?」

「革?」

「うん、ブレスレットとか……時計みたいな感覚でさ」

「うーん、でもイメージじゃないんだよな……」

「たしかに。大坂さんって、金属アレルギーじゃなかったら華奢なネックレスとかしてそう」

「でしょ!? 絶対似合うよな!?」


 ふたりしてうんうんうなっていろんな店を見て回っているうちに、トシが不意に、にたりと笑った。


「俺、いいこと思いついた」


 ◆


 待ち合わせ場所に、千寿ちゃんはすでに立っていた。


「千寿ちゃん!」

「彰吾」


 スヌードに顔を半分くらいうずめた千寿ちゃんちょうかわいい。行こうか、と手を引くと、いったん手を離されて、すぐに指を絡ませられた。ちらりと表情をうかがうと、小首をかしげて微笑み返される。イケメンかよ……。

 イルミネーションを見て、少し高いレストランでごはんを食べて、それから……。


「なぜこうなる……」


 お風呂入ってくる、と言う千寿ちゃんに置いてけぼりを食らい、俺はひとりラブホの部屋でたそがれていた。そりゃあ、俺の家も彼女の家も、家族がいるからまったりいちゃいちゃはできないけどさ。

 ベッドに腰かけて、意味もなくスマホをいじくりながら、トシも、ほかの友達も今頃はカノジョなりなんなりとしっぽりしているんだから連絡しても無駄撃ちだよなあ、と手持ち無沙汰な気持ちを持て余す。

 と、浴室のドアが開いた。


「あ、えっと……」

「彰吾もお風呂入っておいで」


 バスローブに身を包んだ彼女が俺の耳元を指でくすぐって促す。ぞく、と背筋が粟立って、無言で頷いて立ち上がる。

 身体を洗いながら、やっぱり、と思う。やっぱり「ここ」もきれいにしたほうがいいよな……。

 ごくり、と唾を飲んで、恥ずかしさを耐えて洗う。指を突っ込むと、思いのほかするりと入ったことに罪悪感と背徳感が忍び寄った。

 そして、洗っているうちにままならなくなってきてしまって、この状態で外には出られない、と悩んでいるとドアの外から声がした。


「彰吾、大丈夫? 具合悪い?」

「っ」


 はっと、時間経過を思い知らされる。どうしよう、蚊の鳴くような声でだいじょうぶ、と返すが、そんなものが通用するわけもなかった。


「開けるよ?」

「だ、だめ……」


 制止の声は届かず、千寿ちゃんがドアを開けてしまう。タイルの床にへたりこんで、おったたせてケツに指を突っ込んでいるのなんか、見られたくなかった。


「……何してるの?」

「…………」


 とりあえず指は抜く。それから、膝を立てて前を隠しながらぼそぼそと、洗おうと思ったらそれだけでおさまらなくなってしまったことを白状する。

 俺の言い訳を聞いた彼女が、ため息をつく。あきれられた……。


「言えばあたしが洗ってあげたのに」

「あ、え、わあっ」


 勢いよくシャワーを噴射され、思わず顔を覆う。視界を奪われた一瞬の隙に背後を取られ、容赦なく指を突っ込まれる。


「ひっ」

「自分の気持ちいいとこ分かる? ここだよ?」

「ま、待って、やだ、あっ千寿ちゃん」

「あとでベッドでいっぱいここ擦ってあげるからね」

「ちと、あっ、あっ、千寿ちゃん~……」


 結局、風呂場では最後までしなかったものの、ベッドに連れて行かれて失神寸前までもてあそばれてしまったため、俺は日付が変わるころ、息も絶え絶えでマットレスに沈み込んでいた。


「……体力お化け……」

「彰吾、お水飲む?」


 ひりひりするお尻をいたわりながら起き上がると、ショーツだけ身に着けてラフにバスローブをはおった千寿ちゃんが俺にのしかかってくる。


「え、もうむり」

「馬鹿違うよ。じっとしてて」

「……?」


 水をくれるのかと思っていたら、そうじゃないみたいだった。彼女は、俺の上に跨って、首になにかつけた。


「はい、クリスマスプレゼント」

「……チョーカー?」


 触った感触は、革のようだった。そしてネックレスよりも遊びがないその締め付けに、チョーカーだと分かる。よく見えないけど、千寿ちゃんからのプレゼントなら絶対にセンスがいいし、うれしい。

 とそこで唐突に思い出す。


「俺も、俺もプレゼントある!」


 あまり激しく動くと腰にさわるので、そろそろと這うようにして鞄まで移動して、プレゼントを取り出す。


「……?」

「はい、千寿ちゃん」

「……これ、香水?」


 箱から瓶を取り出して、きょとんとして揺らす。中の液体がこぷんと波打った。


「うん、千寿ちゃんっぽい匂い選んだんだけど……どうかな……」

「……」


 まじまじとかわいい瓶を見つめていた彼女は、不意に口を俺に向けて、香水を吹いた。


「わっ」

「あ、たしかに、いい匂い。かわいいね」


 俺が甘ったるい匂いをさせているのにくっついてきて香りをたしかめて、にっこり笑う。


「リサーチしてたとき、あたしが金属アレルギーだなんて言うから、気を使わせちゃったよね、ごめんね」

「り、さーち……?」

「え? あれ、プレゼントのリサーチじゃなかったの?」

「ははは……なんのことだか……」


 恥ずかしい、全部ばれてた、消えてなくなりたい。

 視線を逸らしてごまかそうとした俺をにこにこと見つめながら、千寿ちゃんは優しくキスをした。


「ありがと、大切に使うね」

「……」


 窓のない部屋なのに、街の浮かれモードが忍び込んでくるようなそんな夜だ。


 ◆


「……これは」


 翌朝、洗面所の鏡でチョーカーをまじまじと見る。なかなか太めで、南京錠モチーフのチャームと輪っかが下がっている。なかなかいけてる。

 ちりちりとそのチャームをつついて音を鳴らし、どうしよっかな、と思う。

 だってこれ、鍵がないとチョーカー自体が外れない仕様っぽいのだ。風呂入れない。


「千寿ちゃん……」

「ん?」

「これ、どうやって外せばいいの? 鍵がないと……」

「ああ、はい、これ」


 あっさりと鍵を渡してもらえて、拍子抜けしてしまう。てっきり、「あたし以外には外せないようになってるの」とかそれに類する言葉を超イケメンボイスアンドフェイスで言われると思ったもので。

 鍵をてのひらの上で転がして、もごもごとお礼を述べれば、千寿ちゃんはきょとんと俺を見て、それから笑って唇を耳元に寄せてきた。


「鍵、預かっておこうか?」

「っ」

「あたしだけが外せるようにしておこうか?」

「あ、いや、えっと……ひっ」


 耳たぶを唇で食まれ、くすくすと笑われる。冗談だよ、と砂糖を煮溶かしたような声でささやかれて、そのときふわりと俺が贈った香水の匂いが鼻をかすめ、ほんのちょっとだけケツがうずいた事実は目をつぶろうと思った。

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