ベストフレンドフォーエバー

 俺が思うに武本彰吾という男は、けっこういい男なのである。いつでも人好きのする笑顔を浮かべ、かといってそれが嘘くさくはなくきちんと感情もあらわにするし、ころころと鮮やかに変わる表情に多くの人が惹きつけられる。

 サイドとうなじのあたりを刈り上げて前髪が少し長めなツーブロヘアに、くりっと丸い目を縁取る長いまつげ、右目の下のほくろ、もともと浅黒いのだという肌はにきびの跡もなくて、小さな鼻と唇がお行儀よく乗っかっている。背もけっこう高くて、痩せ型ではあるものの、きちんと男の身体をしている。

 なんで俺がこんなに彰吾のことを絶賛しているかというと、つまり彼の外見は最高にいい男なんだが、中身がいかんせん残念すぎるからである。

 待ち合わせ場所に電車の遅延もあって少し遅れて行けば、彰吾は女の子に逆ナンされていた。


「え~友達くるの~? うちらもふたりだから一緒しよ~」


 ずる、とリュックの紐が肩からずり落ちる。女の子ふたりに囲まれて満更でもなさそうな顔をしている彰吾は、でも少しだけ困っているようだ。


「彰吾」

「あ、トシ」


 ぱっと彰吾が顔を俺のほうへ向け、ひらひらと手を振った。壁に預けていた身を起こし、なおもすがりついてくる女の子たちを適当にあしらいながら寄ってくる。

 俺は、別に背も高くないし彰吾みたいに男前なわけでもない。だから、第一印象で女にモテないのは分かっている。それに傷ついたりしたこともまあないってことはないのだけど、今はあんまり気にならない。


「おせーよ、俺何分待ったと思ってんの?」

「十分」

「あれ、そんだけ? なんか体感もっと待ってた」


 首をかしげて笑った彰吾に、しびれを切らした様子の彼女たちは食い下がる。


「ね、ね、おごってあげるからカラオケ行こ!」


 振り向いて、彰吾がにっこり笑い、口を開いた。


「俺、カノジョいるから」


 ところ変わって映画館の売店。ポップコーンが食べたいとか言う彰吾に付き合って列に並ぶ。ちなみに何を観に来ているかというと、彰吾が見たがっていた漫画の実写化ものだ。大坂さんは小説・漫画・アニメの実写化には興味がないらしく、軽く片手でしっしされてしまったそうだ。

 俺は先ほどの逆ナンに対する彰吾の対応についてぶちぶち文句を言っている。


「ああいう決め台詞はもっと早く言って追い返しとけよな」

「うん、そう思ったんだけど、なんかめんどくさくて。放置してたら帰ってくれるかなって思ったんだけど帰ってくれなくて」

「おめーが愛想よく対応してっからだろ」

「え、俺そんなことしてないけど」


 これだから無自覚たらしは……。

 ポップコーンと飲み物を買い、チケットをもぎってもらってシアターに進み、席に座る。売店で彰吾が小銭を出すのにもたもたしていたため時間はぎりぎりで、座ってすぐに画面が暗くなって宣伝がはじまった。

 おっこれ面白そう、こっちはいまいちっぽい、などと思いながら宣伝をやり過ごし、本編。そして本編がはじまって、ようやく気付く。俺この漫画、途中から未読だ。

 完結してるんだっけ? それともしてないんだっけ?

 よく思い出せないまま、最初のうちは、ああそうだったそうそうそんな話だった、と思って観ていたのだが、そのうちだんだん話が未読になってきて、面白くなってきて、結局楽しんでしまった。


「よかったな~、わりと主人公の再現度高かった!」


 映画館を出た彰吾は満足そうだったし、俺もけっこう楽しんだので、これは満足度の高い時間になったぞ。

 今日は、晩飯を食って帰ろうということだったので、そのまま映画館が入っている商業ビルのレストラン街になだれ込む。


「何食いたい? 俺がっつりいきたい」

「俺も……あ、でもニンニクとかはやだ」

「女子か」

「え、だってこのあとみゃあの家行く……」

「え~いいな~」


 店を物色しながら彰吾が心ここにあらずというような、まるで身の入っていない相槌を打つ。食品サンプルたちに心奪われて、俺ののろけなどどうでもいいらしい。

 トンカツ屋に決めて、幸い夕食時には少し早かったこともあり、待たずに席に通される。注文を済ませ、俺はずっと聞きたかったことをついに口に出す。


「なあ」

「ん」

「もう大坂さんとヤった?」


 お冷を飲んでいた彰吾が派手にむせた。

 おう、落ち着けよ。


「げほっ、げほ、え、なん、ごふっ」

「落ち着けよ……」

「変なとこ入った……」


 胸をどんどんと叩きながら涙目になって俺を睨みつける彰吾に、改めて聞く。


「ヤった?」


 答えは、ヤったかヤってないかの二択のはずなんだが、彰吾はなぜか目を閉じて腕を組み、片手を口元に持っていき少し考えるそぶりを見せた。なんだなんだ。


「ヤ……ったような……ヤってないような……」

「なになに、詳しく聞かせて」


 身を乗り出すと、ますます悩み始めた彰吾は、うんうんうなって身を守るように背中を丸めながら、ちらりと上目に俺を見る。


「……引かない?」

「俺が引いたことあったか?」

「だいたい引いてるでしょ俺の性癖については」

「あ、うん」


 何気なく答えてから、ん、んん、と何かに思い至る。彰吾の性癖に俺が引いてる……?

 今度は俺が腕組みする羽目になる。まさかと思うけどさ。


「おまえもしかして掘られてんの?」

「…………いやっ、そういうわけでは」

「否定がおせーよ!? そうなの!?」


 おもしろいほどあからさまに視線を逸らしながら否定され、さあっと血の気が引く。いや、前々からたしかにこいつは、大坂さんにメスにされたい~、とか、抱かれたい~、とか、言っていたけれども!

 親友のケツがすでに無事でないことを知ってしまってたいへんに心が落ち着かない。ふと、なぜだか急に、こいつにあこがれていた後輩の存在を思い出してしまう。実は、彰吾と連絡先を交換できなかったあの子は、「将を射んと欲すればまず馬を射よ」などと言い出して俺のほうに接近してきているのである。俺は彰吾の馬かっつう話である。

 そんなことはどうでもいい、あんなにかわいい女の子にあこがれられて、好意を寄せられて、さっきそこで女子ふたりにナンパされていた男のケツの安寧がおかされている。おかしい、これは異常事態。

 しかも掘ってるのが大坂千寿だっていうのがこれまた違和感があんまりないのがヤバイ。


「えっ、つうかさ、じゃあおまえ、いれてねーんだ……」

「だから、ヤったような~ヤってないような~って感じ……」

「でもエロいことはしてるんだな?」

「……ま、まあ」


 照れているみたいに頬を染めるな頬を。気持ち悪いよ。

 別に、ホモだのなんだの言って男同士の恋愛を馬鹿にする気はあんまりない。でもこれは話が違う。相手は女の子だ。女の子相手になんでケツを差し出しているんだ、わけが分からない。

 男同士だったら、かたほうがやむなく(やむなくという表現が適切かどうかはこの際問わない)ケツを差し出す必要性も出てくる可能性もある。だって正式な穴がないから。でもほんと品のない話するけど、男女だとその問題はないはずなんだよ。


「ち、ちなみにどこまで……?」


 聞きたくないし知りたくもない親友のケツ事情に、どうしてか首を突っ込んでしまう。こういうの、俺は知っているぞ、臭いものをなぜか嗅ぎたくなっちゃうときってあるだろ、怖いけど見たいものってあるだろ、そういうことだろ。


「……言えない……」

「ジーザス」


 クリスチャンでもないのに神に祈ってしまった。


 ◆


「じゃ、また連絡する」

「おう。みゃあちゃんによろしく」

「そっちも。あ、今度大坂さんと、俺の試作品食いにうちまで来いよ」

「いいの?」


 甘いものが好きな彰吾は、俺の誘いに目を輝かせた。駅前で別れる前に軽く話をする際に出てきた提案だ。

 もちろん、と頷いて、じゃあなと手を振り違う電車に乗る。ホームで電車を待ちながら、彰吾と大坂さんについて考える。

 まあ、なんだかんだいろいろ言ってしまったけど、結局ふたりのかたちというものがあるんだろうな。俺には分からない何かがあるんだろうな。

 俺とみゃあ。彰吾と大坂さん。今となりで人目もはばからずいちゃいちゃしているカップル。百組カップルがいれば、その付き合い方も百通りだ。人前ではいちゃいちゃできないとか、行ってきますのキスを欠かすと怒るとか、カノジョがカレシのケツの穴を掘るとか。そういういろいろな付き合い方が。


「ねーよ!」


 となりのカップルが、いきなり叫んだ俺を、不審者を見るような目つきで睨んだ。

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