友情は茶番じゃない
トシに目配せして、中原くんに目配せして、ふたりとも困っているようなのを見て取り、俺はたぶんいろいろと失敗しているんだなあと思った。
「……そうじゃなくて……うーん、なんて言ったらいいのか……」
俺に表現力がないせいで、ほんとうに無駄な期待をさせてしまっているこの状況をどう打開すべきなのか。
もごもごと口の中で断り文句を練るも、そのどれもがこのポジティブシンキングを前に砂のお城のように崩れていきそうである。
だいたい、俺が諦めて、傷つけたくない、と言ってそれでもなお追いすがってくるなら、もう俺の責任は果たしたも同然でここからは久保さんの責任って感じがするし、勝手にしろと言いたくなってくる。
「……じゃあもう、久保さんの責任で好きにすれば」
「します!」
「でも連絡先は俺が教えたくないから教えない!」
「教えてください!」
けっこうしつこい久保さんを、どうにかこうにかゴリ押しで説き伏せて、もとい逃げてきて、なんだか成り行きで、中原くんも一緒に駅前まで歩くことになる。
「中原、用事とか、バスケ部の友達とかいいの?」
「ああ、このあと友達の家で打ち上げ? みたいなのやるらしいからそれは行くけど……」
「俺はおまえを許していないぞ」
トシ自身がひどいことをされたり因縁があるわけではないのにきまじめに怒っている。トシと中原くんの板挟みで横並びで歩きつつ、中原くんを見上げた。
特別イケメンではない。前にトシがこき下ろしていた通り、ふつうの顔だ。受かった大学もたしかに名の通ったいい大学ではあるけどK大ほどではない、運動神経もずば抜けているわけではない。たぶん性格は悪い。
いったい大坂千寿は、彼のどこがよかったのだ!
「なあ、中原……」
「ん」
「大坂さんっていったい、おまえのどこが好きだったの?」
「武本って容赦のなさがいっそ清々しいよな」
口元をけいれんさせて、中原くんが苦々しくつぶやく。それから、トシのほうをちらりと見て、俺を見て、ため息をついた。足元に目を落として、つぶやく。
「武本には納得いかないだろうけど、俺とあいつはおんなじなんだよ」
「……」
「あいつのほうが一枚上手だったけど、結局は性根が一緒で」
「……」
「なんかこういうの、性別で云々言いたくないけど、あいつのほうが女子っていう社会で生きるぶん大変だったのかなあ……」
「……」
俺が怒りに震えていると、中原くんはにやりと笑って見下ろしてきた。
「一緒にすんな、って?」
「大坂さんをあいつ呼ばわりすんじゃねーよ!」
「怒るところそこ?」
ていうかおまえもあいつって呼んでるじゃん! トシが渾身のツッコミを入れる。
「俺はいいんだよ!」
「理屈がまったく分かんねーよ!」
この、俺はいいけどおまえは駄目というガキ大将の理論を分かってもらおうとは思わない。でもやはり、中原くんは彼女をあいつと呼んだり、なあ、と呼んだりする資格が一度はあった人間なんだなあと思うと少し、いやかなり悔しかった。俺も心の中ではあいつって呼んでるけどね。それは全然次元が違うわけですよ。
「じゃあ、俺こっち」
駅についてふたりと別れようとすると、中原くんに呼び止められた。
「なあ、武本」
「ん?」
「連絡先教えてよ」
俺が反応するより先にトシがもうほぼ反射で反応する。
「誰がテメーなんぞに!」
「いいよ」
スマホを取り出すと、トシが梅干しとレモンとお酢を一気に口に放り込んだような顔をした。
「おまえは甘ちゃんかよ!」
「え、むかついたらブロックすればいいだけの話じゃん……?」
「俺おまえのそういうとこ好き!」
「ありがとう」
「茶番はいいから早く教えて」
スマホのホームボタンを押すと、姉から「早く帰ってきて、ほんとに」という内容のラインが来ていることに気づく。でかい蜘蛛でも出たのかな、と思いつつ、中原くんとラインの連絡先を交換する。
「サンキュ。まあ、そのうち連絡するかも。じゃあな」
「おう。また会うことがあったら、今度は仲良くしような」
「あははっ、耳が痛いわ」
みんな、家のある方角がばらばらで、乗る路線やホームが違うので駅で別れて、電車に乗って姉への返信を打つ。
「どしたの」
『いいから早く帰ってきて!』
「なに?」
既読がついたまま返事がない。いったいなんなんだ、と思いながら、もうこれ以上催促しても無駄なんだろうなと思いながら、不機嫌な顔のスタンプを一個だけ送信して、スマホをポケットにしまう。
電車の窓の外に広がるのどかな午後の街を見ながら、トシと遊んでくればよかったな、と思う。だって、これからは毎日会えなくなる。何気なく会えていたものが、意識しないと会えなくなる。あんなに毎日バカやってたのが、できなくなる。俺もトシも、それぞれの道を歩き出して、別々の未来に向かっていく。
さみしいな、って思った。
さみしいけどこれが生きていくってことなんだろうな。変わらないなんて幻想だ。
電車を降り、家までの道のりをてくてくと歩きながら、姉からの音沙汰のないスマホを見る。やっぱり、姉からの通知はない。ていうかあの人、今日家にいたんだな、いつもだいたい家にいないから今日もいないものだと思っていたけど。
マンションに着き、エレベーターに乗り三階のボタンを押して、自分の家のドアの前でポケットを探って鍵を出す。そして鍵を挿して開けた瞬間悲鳴が口を突いて出た。
「ぎゃあ!」
姉が玄関の壁に寄り掛かってじっとりとこちらを見ているのだ。長い髪が顔にかかって……茶髪の貞子かよ。
「なに、どしたの……」
「彰吾に見てほしいものがあるの……」
「なんだよ怖いよ姉ちゃん」
「これ」
「…………えっ」
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