できれば目を逸らしたい
「……あー」
友達と、あのあとカラオケまでもつれ込んで遊んで、めちゃくちゃ楽しかった。でも、そこまでだ。家に帰ってくるととたんに不安になる。スウェットに着替えてベッドを転がって、ため息をつく。
毎日友達と遊んでバイトして、ってわけにもいかない。明日はフリーなんだ。一日をどう過ごせばいいのか分からなくなる。
彼女はどう過ごしているんだろうか。勉強会の都合で教え合った、ラインのアイコンをじっと見る。必要な連絡事項しか交わしていないトーク画面。
「……」
部屋には俺ひとりなのに、きょろきょろとあたりをうかがって、誰もいないことをたしかめて、トーク画面の下のほう、メッセージを打つところを開いて、数十秒悩む。
「今何してる?」
それだけ、たったそれだけの簡単な一文を送るのに、五分悩んだ。そして送って即座に後悔している。こんなの返事くれるわけない……。
と思ったのに、ホーム画面が淡く光って、大坂千寿からの返信を教えてくれた。
「えっ、返事きた」
慌てて画面を見る。スタンプを送信しました……?
開く。なんかよく分かんない生命体が、寝てた、とか言っている。……は? かわいい。
「起こした? ごめん」
『変な時間に寝ちゃったから、別にいい』
「そっか」
『何か用事?』
既読をつけたまま固まる。頭が忙しく回転している分身体が動かなくなった感じだ。どうにかこのまま会話を続けられそうな用事を探して、脳をものすごい勢いで検索する。
しかし、そんなに都合よく用事なんて転がっちゃいないのが現実である。
「別に、用事はないけど」
そう返すと、既読がついたまま、二分くらい音沙汰がなくなった。ベッドにうつぶせになってスマホを両手で持って枕を腕で抱え、唇を尖らせてじっと待つ。なんとなく、返信はくる気がしていた。
『何それ、変なの』
用事はない、という言葉にリアクションを返したってことは、俺とのたわいもない雑談に付き合ってくれるという意思表示をしたも同然である。と、勝手にいいように解釈して会話を続けることを試みた。
瞬間、電話がかかってくる。
「わあっ」
いきなり震えたスマホを、びびって取り落とす寸前で持ち直す。着信者を見ると、大坂千寿、と表示されている。えっいきなりハードル高くないか。
しかしいろんな意味で、出ない選択肢はない。
「も、もしもし」
『もしもし』
「どしたの……」
声を繰る喉が震えた。電話の声は、本人の声じゃないらしい。一番近い声質を合成しているだけだ、って聞いたことがある。それでも、合成された声でも、これは大坂千寿の声にほかならなかった。
いつの間にかベッドに正座して、俺は彼女の返答を待った。
『……浮足立ってるんだろうと思って』
「…………」
おっしゃる通りなので何も反論できない。沈黙を肯定の代わりにすると、軽くため息をついて、あのさ、と言う。
『もう過ぎたことをくよくよしてもしかたないでしょ』
「分かってるよ……」
『あんたがそうやってるとイライラするから、もうちょっとばかみたいに遊んでて』
「……ば……」
あんまりじゃないか。あんまりな言い草じゃないか! 遊びほうけているのはほうけているのでなんの反論もできないけど!
見えていないのをいいことに正座のまま上体をベッドに倒して口を尖らせると、少しの沈黙のあと、ぽつりとつぶやいた。
『あたしも、ほんとはちょっと不安で』
「……え」
『受かってるっていう確約なんて、ないから』
それはたしかにそうなんだけど、大坂千寿に自信がないのは、なんだか俺にとっては不思議な感覚だった。あの大坂千寿だぞ、となる。どの、と言われたら言葉に詰まること請け合いである。
それから、彼女は明後日の合格発表をちゃんと見るようにと釘を刺して電話を切った。通話の切れたスマホをしばらく耳に当てながら、俺は目を逸らしていた重大な事実を反芻する。
合格発表、明後日なのか……。
◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます