緑色のジンジャーエール

「ただいま」

「おかえり、彰吾、試験どうだったの?」


 姉がすっ飛んできて、心配そうに俺の顔を覗き込む。


「……たぶん、駄目だったっぽいけど……」

「そっか……」

「でも、結果見るまではあきらめない」


 目を丸くした姉が、そうよね、と言う。


「まだ、絶対落ちたってわけじゃないもんね」

「ん」


 唇を引き結び、部屋に入って自己採点をしようと机に試験問題を広げる。コートを脱いで制服から部屋着に着替えて、椅子に座って深々とため息をついて冊子をめくった。


「……やんなきゃよかった」


 そんな後悔が口をついて出る程度には、不安をあおる自己採点結果となった。

 英語の作文や、国語の自分で考えて書くところが合っているかなんて確認のしようがないのでそこだけノータッチだが、それを抜いても、正直なところ受かっている気がまったくしないのである。というか英語と国語に関してはけっこうそういう、自分の言葉で書く設問が多いのが、俺の不安をあおっている要因だ……。

 ベッドにあおむけに寝転がって、ひたすらなんかもう消えたいとか意志のない人形になりたいとか思いながら、この状態で二週間くらい過ごすの拷問だな、と思う。

 でももう過ぎたことなので、これ以上後悔してもしょうがない。本命のK大の試験が最後だったので、滑り止めも全部終わっていて、俺はこのあと自由登校を経て卒業式に出るくらいしかイベントがない。


「もうトシと遊びまくろう……」


 スマホをいじって、トシにラインする。遊ぼ。即座に返信が送られてくる。いいよん。あいつ暇なんだな。

 中学の頃の友達からも、ぽつぽつと連絡が入っていて、そっかあいつらも受験終わったんだなあ、って思う。とりあえず、この二週間は遊びほうけてやろうと決める。じゃないと俺のメンタルが持たない。


「そういや、ショーゴって大坂と同じ高校だったんだっけ」

「うん、そう」

「いいなあ、大坂、背は高いけどかわいいし、頭いいし運動神経いいし、あっ、カレシとかどうなの、いるの?」

「いなかったら俺立候補しちゃおうかな~、ショーゴ、大坂の連絡先知ってんだろ?」


 というわけで早速中学校のプチ同窓会みたいなものを開いて、地元近くのイタリア料理チェーンの店で近況を報告し合っていると、自然と俺が意外とハイレベルの高校に進学した話になって、大坂千寿の話になる。


「カレシ、いたけど別れたっぽい」

「やべ~チャンスじゃん!」

「ってか、ショーゴはどうなん? 大坂と幼馴染なんだべ?」

「あ~、うん、同じ大学、受かってたら、告白する」


 そこで、俺を含め五人集まった連中が沈黙する。何か、俺は変なこと言ったんだろうか。不思議に思ってドリンクバーで調合した緑色のジンジャーエールをストローですすると、俺のとなりに座っていた奴が口を開いた。


「なにその中学生みたいなノリ……」

「え……駄目なの?」

「駄目じゃないけどさ……なんか十八歳にもなって、って感じが……」

「てか、大坂とおまえ、どこ受けたの」

「K大」

「うっわ雲の上かよ」


 そうだよな。私立大学では常にトップを争う名門で、ほんとうは俺なんかが手を出せるような大学じゃないんだよな。でも、その大学に立候補だけでもできたのは、大坂千寿のおかげだ。

 にっこり笑って、でもたぶん落ちた、と言うと、一斉に慰めの言葉が返ってきた。


「まだ決まったわけじゃないだろ~」

「そうそう、大丈夫だって、おまえなんだかんだ頭いいし」

「てか、おまえが受かってて大坂が落ちてる可能性もあるわけだし?」

「いやそれはねーわ」

「ねーな」


 彼女が落ちている可能性、というのを考えなかったわけではないけど、それなら俺が受かっているわけがないよな、落ちるときは一緒だ、と思っている。

 わいわいと、ひたすらドリンクバーで奇妙な飲み物を合成し、パスタやピザを食べ、俺は気を紛らわせていたかに見えたが。


 ◆

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