渾身の膝蹴りを食らえ

「佳音、ケーキ食べよ」

「えっ? わたしの分あるの?」

「……箱の大きさと重さ的にけっこう入ってると思ったんだけど……あるよね?」

「あはは、あるよ」


 そういえば大坂千寿は中身を確認しなかった。でも、そう、箱の大きさからして俺と彼女の分だけということはない。


「やったー! じゃあ、紅茶淹れるね! あっ、彰ちゃんコーヒーがいい?」

「あ、おかまいなく、なんでもいいよ」

「あたし紅茶がいい」


 口の細いやかんでお湯を沸かしながら、のんちゃんはちらちらと俺のことを気にしている。

 窓から、秋の心地いい日光が射してきて、座ったダイニングテーブルがぽかぽかとあたたかい。対面式のキッチンで紅茶が入っているらしいケースを開けながら、のんちゃんが振り向いた。


「彰ちゃん、アールグレイとダージリンと、どっちがいい?」

「……それって、何が違うの?」

「あたしアールグレイがいい」


 冷蔵庫からケーキを出しながら言った大坂千寿の動きが、ふと止まる。


「あんた、お昼食べた?」

「食べてない」


 姉妹が顔を見合わせて、ほぼ同時に時計を見た。俺も、振り向いてリビングの時計を見る。午後の一時半過ぎ。


「……おなかすかない?」

「別に? 今からケーキ食べるし……」


 そうじゃないだろ、みたいな顔をしたふたりが、ケーキの箱を開けて目を輝かせた。


「おいしそう」

「かわいい~っ、わたしこのモンブラン食べたいな!」

「あたしショートケーキがいい」


 わいわいと箱を覗き込みながら騒いでいるふたりをほほえましい気持ちで見つめて、ふと俺はとあることに気がついた。


「あの、今日、おじさんとおばさんは?」

「お父さんは仕事、お母さんは近所の人とお昼ご飯」


 そうか、おじさんはお休みが固定じゃないのだった。


「彰ちゃんはどれ食べたい?」

「俺はなんでもいいよ」

「選んで!」


 ケーキの箱を目の前に置かれて、正直なところ、トシに選んでもらったからショートケーキ以外は分からないことに気づく。かろうじて、のんちゃんがモンブランと呼んだやつが俺にも分かるくらいだ。

 たぶん、おそらくこれはチョコレートとベリー系のソース。そしてもうひとつは、緑色のケーキって、なんだ、抹茶にしては色が薄いな。


「これなんだろう?」

「え? あんたが買ってきたんじゃん」

「友達に選んでもらったんだ……俺分かんないから……」

「猪澤くん?」


 いいよなトシは苗字と言えど名前呼んでもらえてさあ。

 頷くと大坂千寿はそっかと言って、たぶんピスタチオ、と言った。


「え?」

「この緑色の。たぶん、ピスタチオのケーキ」

「ふうん……」


 ピスタチオって食べたことないかもしれないなあ……。

 結局俺もショートケーキを選択し、のんちゃんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、フォークを刺す。


「おいしい……」


 トシのお見立てだけあって、さすがにおいしい。生クリームにこだわっているというのもうなずける。あっさりしていてしつこくないのにしっかり甘くて、これなら飲むようにいくらでも食べられそうだった。

 しかも、ショーケース越しだとそんなに思わなかったけど、意外と大きくて食べ応えもある。

 にこにこしながら食べていると、向かい側に座った姉妹はそうそうに食べ終えてじっと俺を観察していることに気がついた。


「……なに?」

「いや、食べるの遅いなあ、と」

「ふふふ」


 頬杖をついたふたりは、似ていない。でも、並んでいるのを見ればちゃんと姉妹だって分かる。どことなくやっぱり血のつながりを感じる。そういうの、いいなあって思う。たぶん俺も、姉と並べばそう見えているのかなあって思うと、いいなあって思う。

 のんびりと、ケーキを完食したそのタイミングを見計らったかのように、俺のスマホがラインの通知を受け取った。


「……!」


 ホーム画面に表示されたメッセージを慌てて隠す。


「どしたの?」


 メッセージの送り主はトシで、ちゃんと押し倒した? などと表示されているのである。これを見られたらすべてがおしまいである。

 曖昧に笑って、慌ててロックを解除してトーク画面に飛び、デフォルトでくまがうさぎの顔に膝蹴りをかましているスタンプを連打しておく。あと、怒りの表情の白ハゲも送っておく。

 ポケットにスマホをしまい込み、もう絶対通知がきても開かないようにする。ほんと、トシには感謝しているけどちょっと一回膝蹴りを食らわせておこう。


 ◆

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