親友による忖度

 受験生の一年間というのは、長いようで短い。

 大坂千寿に勉強を教えてもらいながら、模試を受けたりなんだかんだうなっていたら、あっという間にシーズンも大詰め、秋である。

 武本彰吾の、偏差値が、七、上がった!

 なんてことになっている頃、俺は受験とはまったく違うことで頭を悩ませていた。


「うぐぐ」

「……俺帰っていい?」


 意外にも、お菓子をつくるのが趣味で、製菓の専門学校に進学をはやばや決めていたトシを、休日の買い物に引っ張り出してきている。

 ショーケースの前で悩んでいる俺を厳しい目つきで睨み、トシがうっぷんを晴らすかのようにまくしたてる。


「おまえが! 午後から大坂さんのおうちでいちゃいちゃ勉強会だっつーから、俺はこのクソ眠い土曜日の午前中についてきてやってんのに、何をぐだぐだ悩んでんだよ! ちゃっちゃと決めて買えよ!」

「で、でもさあ……」


 ショーケースに所狭しと並ぶ、きらきら輝くおいしそうなケーキたち。

 トシの言う通り、今日は午後から大坂家に招かれて勉強を教わることになっている。それに加えて、俺の記憶が正しければ、彼女は今月誕生日のはずなのだ。

 なので、お呼ばれのお礼とプレゼントを兼ねてちょっといいケーキを買っていこうと思っているわけなんだが、いかんせん、俺には大坂千寿の好きな味が分からない。


「あ~、あれだよ、自習室でよく飲んでるものは?」

「……えっと、パックの紅茶とか、カフェオレとか」

「じゃあ甘いのは平気だな、ベリー系は地雷踏んだら怖いらやめとけ」

「な、なるほど」

「今の時期だと栗とか芋とかかぼちゃが出てるけど、これもまあ好みだよなあ。無難に、ショートケーキにしたら? この店、生クリームにめっちゃこだわってるから、ショートケーキが実はオススメ」

「トシ……!」


 思わずラインのデフォルト白ハゲスタンプが目をきらきらさせている顔になってしまう。トシを連れてきて、よかった!

 ショートケーキをふたつと、あとのんちゃんとおじさんとおばさんに、トシのチョイスで適当にいい感じにかわいいやつを選んで購入する。これなら、彼女がほかのを食べたいと思ってもだいじょうぶだ。


「一気にしんどさがきた……」

「ありがとな、トシ、おまえがいないと俺は路頭に迷うところだった……」


 ぐったりした様子のトシにお礼を兼ねて、一緒に買ったクッキーの詰め合わせを渡す。


「……彰吾ってほんとまめだよな」


 ちょっと顔を緩ませて満更でもなさそうな顔をしてそれを受け取り、彼はじゃあと言ってあくびをする。


「俺は、帰って二度寝キメるし、気張って押し倒していけよ」

「ちげーし! そんなんじゃ、あの、勉強するだけだから!」

「はいはい、グッドな報告待ってます」


 にたにた笑いながら、トシは自宅に向かう方向の電車の改札に吸い込まれていった。ろくに反論もできないまま、ケーキの保冷剤も気になるので、俺も電車に乗る。


「……勉強するだけだし……」


 自分に言い聞かせるようにぼやきながら、地元駅で降りて、そのまま自宅マンションを素通りして大坂家に向かう。門扉の前に立って、呼吸を落ち着かせるために深呼吸、そして人という字を三回てのひらに書いて飲み込み、ちょっと後ずさる。もう少し落ち着こう、落ち着こう。

 そんなこんなして、インターフォンを押せないまま二分ほど経過したとき、大坂家の玄関のドアが開いた。


「……何してんの?」

「…………」


 あきれたように眉を寄せた大坂千寿が顔を出す。白いパーカーに細身のデニム姿。


「いや、あの、心の準備を……」

「……」


 何か考え込むように頭を抱え、うーん、と軽くうなってから、彼女はドアを大きく開いた。


「まあ、入れば」


 そうやってあっさり言うけどね、俺がなんのために何分も思い悩んだか、少しくらい忖度してくれてもいいんじゃないんですかね。忖度って、意味よく分かんないけど、なんかこういうときに使う言葉だっていうのは知ってる!

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