太陽のような人

「……久保さん、かわいいよね」

「うん。…………はあ!?」

「え?」


 何気なく返事をしてしまってから、勢いよく顔を上げてまじまじとその目を見つめて、叫ぶ羽目になる。大声を上げた俺に目を細め、首を傾げる。


「何か変なこと言った?」

「なっなんでここで久保さんの名前が……」

「なんでって、告白されたんでしょ」

「なんで知って……!」

「サチに聞いた」


 あのチクり魔はもう一回張り倒してお仕置きしないといけないのかもしれない。

 二の句が継げなくなってぐっと黙り込んで、それから言い訳がましいと思いながら顔を上げる。


「こ、くはく、は、されたけど……断ったし……」

「なんで?」


 指先に力がこもって、シャーペンを握りしめる。いつの間にか日は暮れて街灯が光り、図書館も照明のみの明るさになっていた。俺は、なんで、と聞いた彼女の真意を測ることができなかった。


「……お、大坂さんが、好きだから……」

「あたしのこと好きでも、カノジョいたじゃん」


 そう返ってくるのは分かっていたものの、とりあえず言った、そして、そのあとどうするかは考えていなかった。

 俺が黙ってテキストを見つめているのを見て、ため息をついた。そして荷物をまとめだす。


「もう遅いし、今日はここまでにしよう」

「…………俺も」

「え?」

「俺も、理想の自分になりたいから」


 手を止めて、浮かせかけていた腰を再び椅子に下ろし、俺をじっと見つめる。切れ長の二重まぶたの下のきれいな黒い瞳が、揺れもせずに凝視してくる。


「理想の自分って?」

「……す、少しでも、大坂さんに好かれる自分」


 額を手で押さえて深々と息を吐き、大坂千寿は帰り支度を再開する。

 なに、俺、変なことを言ってしまったのか。

 おろおろしながら俺も荷物を片づけて、無言で立ち上がり歩きだした彼女のあとを追う。しゃんと伸びた背中を追いかけて、リュックをしょいながら図書館を出た。ぽっかりと月が浮いている夜空。

 無言で歩いていると、急に大坂千寿が立ち止まる。そして、俺を振り返って強く睨みつけた。思わず逃げ腰になる。


「変わらなくてもいいと思う」

「へっ?」

「あんたは、あたしにとってはずっと太陽みたいにまぶしくて、いいなあってああなりたいって思ってて、いつもいろんな人に囲まれて楽しそうに笑ってるのとか、いいと思うし、わざわざあたしに操立てるような真似しなくてもいいと思う」


 俺が、彼女をずっと太陽みたいにまぶしいと思っていたと知ったら、どんな顔をするのだろう。

 そして、羨みねたんでの発言だと分かっているのに、まるで大好きだよって言われたような気持ちになって目頭が熱くなる。


「でも大坂さんに好かれないと、俺、意味ないから」

「……嫌われてるのが興奮するんじゃないの?」

「えっなんでそれを」

「猪澤くんとそういう話してる、ってサチに聞いた」


 あのチクり魔!


「それは、そうなんだけど、ちがくて、その」


 怒りと羞恥に震えながら、どうにかこうにか説明をこころみる。自分にマイナスであろうが感情が向いているのがうれしかったこと、プラスになるわけがないと思っているからマイナスでいいと思っていたこと、でもやっぱりほんとうはプラスのほうがずっといいこと。

 俺の、ともすれば支離滅裂になりそうな説明を、大坂千寿は黙って、口を挟まず聞いていた。


「……だから、ほんとは俺……ずっと大坂さんに好きになってほしかったんだ……」


 主張すべきことをすべて言ったら、以上です、とか言ったほうがいいのかなあ。

 とか、あまりにも長い沈黙に耐えきれずに顔を上げると、彼女はなぜだか、眉を寄せて口を真一文字に引き締めて俺を見ていた。


「あの……?」

「あんたにカノジョができようがフラれようが何しようが、あたしのあんたに対する評価が変わることはないから」

「……」


 絶望的な宣告だった。

 どうしたって好きにはなってもらえない。どうしたって大坂千寿に好かれる俺にはなれない。

 俺は、何者にもなれない。


 ◆

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