かわいい泣きぼくろ

 取り残されてぼんやりと、薄桃色の封筒を眺めていると、思い切り背中からタックルされた。


「うわっ……」

「武本やるじゃん、今のバスケ部のマネージャーだよ」

「かわいい子しかいないともっぱらの噂のバスケ部のマネージャー!」


 かわいい子しかいないのは偶然だろうとは思うものの、まあたしかにかわいくはあった。

 俺にぶつかってきたのは、クラスのバスケ部の連中だった。ああ、だから中原くんに中継頼んだのか。


「……別にかわいいとか関係ないし……」

「おっ? うちの久保くぼちゃん泣かせるの?」

「は? やんのか武本」


 久保さん、って言うらしい彼女に大量の兄貴分がいることは分かった。しかしそんな圧力に屈する俺じゃない。


「手紙は読むけど、それからどうするかはおまえらに関係ないだろ」

「あー冷たい! これだからチャラモテ男は!」

「……」


 大して仲良くもないのに茶化されてちょっと不機嫌になりながら自分の机に戻る。それと同時に、一時間目がはじまる本鈴が響いて、先生が入ってくる。

 授業を聞き流しながら、かわいいマスキングテープでとめられていた封筒を開けて中身を取り出す。かわいらしい文字が躍っている。


『武本先輩。いきなり、こんな手紙を渡されて困っていると思います、すみません。入学してすぐに、食堂の使い方が分からなくて、聞ける友達もいなくて困っていたわたしに、通りかかった先輩が一緒にトレイを持って教えてくれました。それから、ずっと先輩のことを目で追っていました。右目の泣きぼくろがかわいいと思って、そのほくろが、笑うと引きつれるのがもっとかわいいと思いました。ちょっと近寄りがたいけど、でも優しい人なのは分かっているので、勇気を出して手紙を書いています。今日の放課後、体育館倉庫の前で待っています。そのときに、ちゃんと告白をさせてください。久保春那はるな


 俺は衝撃を受けていた。

 というのも、ラブレターって、好きですとか付き合ってくださいとか、それこそ今日の放課後体育館倉庫の前で待っていますとか、それだけが書かれているものだと思っていたので。こんなに詩的な感じで俺のかわいいところを述べられたり好きになったきっかけを語られたりするものではないと思っていたので。

 そもそもよく考えたらラブレターなんかもらったの人生で初めてだし。


「ていうか、俺って近づきがたいタイプだったんか」

「いや、三年の先輩にぐいぐいイケる一年ってちょっとガッツすごすぎない、逆に」

「あっそういう意味か」


 昼休み、トシとだべりながら手紙を読み返す。見せて、と言われたけどさすがにそれはちょっと久保さんに失礼だと思ったので断る。

 正直に言うと、俺はあんまり食堂を使わないので、久保さんの顔は覚えていなかったけど、そのこと自体は覚えていた。たしかに、入り口付近でおろおろしていた新入生がいたから食券の買い方とか食べ物の受け取り方とか、教えてあげた記憶はあるのだ。

 そうか、あのときの子。


「で、放課後どうすんの?」

「あー……」


 髪の毛を指でしごきながら、うなる。今日は女バスが休みだから、大坂千寿に早速勉強を教えてもらうことになっている。たぶん久保さんは男バスのマネージャーだから部活があって、部活が始まる前に俺に告白したいのだろう。まあ、それくらいなら、待ってもらえる。


「行こうかな……」

「え、行くんだ」

「なんで?」

「いや、なんか、だって断るんだろ……なのに行くの?」


 トシって、意外と分かってないよな。


「だって、勇気出してラブレターまで書いてくれたのに、告白は無視するってひどくない?」

「でも来てくれたら何パーくらいかは期待しちゃわない?」

「そうかもしれないけど……ちゃんと断ってくる」


 俺は俺なりに、ちゃんと誠意とかそういうのを見せようと思った。それは、きっと大坂千寿のおかげだった。

 前の俺ならもしかしたら、久保さんのことをよく知らないままに付き合っていたかもしれない。それで、また歩生みたいに傷つけていたのかもしれない。

 大坂千寿が、なりたい自分に向かって頑張っているんだって知って、俺も少し、少しだけ、なりたい自分に向かって頑張ってみたいと思ったのだ。たとえば、彼女に好かれるような自分。


 ◆

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