鋭角のツッコミ
トシが、俺の鞄を見て眉を寄せた。
「何その……何それ」
「たぬき」
「いやそういうこと聞いてんじゃなくてさ」
もらったチャームは、スマホにはつけるところがないから鞄につけることにした。黒いリュックに淡い茶色のもふもふは、ミスマッチかと思いきや意外といい感じに溶け込んでいる。歩くたびに頼りなく揺れるたぬきがかわいくて、ガラス張りの壁とか鏡の前でついつい立ち止まっている俺がいる。
「どうしたの、それ」
「誕生日プレゼントにもらった」
「あっ……おめでとうございました」
「ありがとうございました」
すっかり俺の誕生日を忘れていたらしいトシが、気まずそうにお祝いの言葉をくれる。そんなに申し訳なさそうにしなくても、むしろトシが俺の誕生日きちっと把握しててプレゼントとか抜かりなかったら逆に引くんだけどな。
にこにこしていると、トシは何かを察したらしい。
「なに? 新しいカノジョできた?」
「へ?」
「だって、こんなのまず男はプレゼントしないし、彰吾って姉ちゃんしかいないだろ、大学生はこういうチョイスしなさそうだし、ただの女友達にもらったやつをこんなににこにこ眺めるのも……」
なかなかに鋭い推理である。へらへら笑いながら否定して、でも、と付け加える。
「大坂さんと、受験勉強するんだ~」
「ふーん、受験勉強ねえ…………はっ?」
あっさりと頷いて話を続けようとしていたトシが、目を剥いて下の歯茎を見せた。
「えっどういうこと、大坂さんと、勉強?」
大坂千寿が学校の先生になりたいのだという夢を語ってくれたことを、きっと、夢のことくらい親しい友人やカレシなら知っているのだろうし俺だけの秘密ではないだろうけど、それでもなんだか秘密にしておきたくて、笑って曖昧に詳細を濁すことにする。
「なんか、成り行きで」
「ごめん俺今すっげー混乱してんだけどおまえ大坂さんに嫌われてなかったっけ?」
「うん」
「ええー……?」
納得できないような顔で教室について、席に座りながらトシは何かに気がついたように顔を上げた。
「さてはそのたぬき、大坂さんからだな?」
「……ふへへ」
「ほんとマジどういうことなのおまえ嫌われてないじゃん……」
俺も、自分の席ではないけどトシの前の席に座って、椅子の背もたれを抱えてトシに余裕の微笑みを投げかける。
「まあ、いろいろ大坂さんには貸したからな……。露出狂騒ぎとか、具合悪いの送って行ったりとか」
「あー、そういうのきっちり清算したそうな性格はしてそう」
「だろ? ただこれ選ぶとき俺の顔が頭をよぎったらしい」
「彰吾たぬきだったの?」
「解せぬって感じ……」
リュックのたぬきを指でつつきながら、たわいもない雑談に花を咲かせていると、中原くんが俺を呼んだ。
「武本、ちょっと」
「?」
俺のとなりですぐ臨戦態勢になったトシをなだめながらそちらを振り向くと、どうやら俺に用事があるのは中原くん本人ではないらしかった。教室の入り口で、女の子が俺を遠慮がちに見ている。
「呼んでる」
「あ、うん」
立ち上がり、鞄を自分の席に置いてからそちらに向かう。トシが締まりのない顔をして俺を送り出し、お役ご免の中原くんも友達のところへ戻って行ってしまう。残された俺と、上履きの色を見るに一年生の女の子。
「えっと……なに?」
「あの、……これ……」
手渡されたのは、今時……と思わず感じるほど古風なもの。ラブレターらしき手紙だった。
どことなくやわらかそうな、少しだけ肉づきのいい身体、でも太っているわけではなくて、じゅうぶん女の子として魅力的な身体。それから、少し化粧をしている目元はラメできらきらしていてそのおかげで瞳もきらきらしているような感じで、ぽってりと厚い唇が印象的な顔の子だった。
「……ありがとう」
「よ、よかったら、読んで、ください……」
返事ができなかった。軽く顎を引いて、頷いたかどうかも曖昧なくらいの反応を返すと、彼女は顔を真っ赤にして小走りに去って行った。
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