サプライズ
青天の霹靂。だいたいの人が意味を言えるけどだいたいの人が漢字で書けないやつ。
そんなことを考える、つまり霹靂を一生懸命思い出そうと頑張ってしまう程度には、俺は混乱しているのである。
バイトで遅くなった帰り道、マンションのエントランスにTシャツとショートパンツ姿の大坂千寿が立っていた。俺を待っていたのだと言う。すらりと伸びた白い足から目を逸らす。
「……なんで?」
「こないだ、買い物でばったり会ったとき、汐里ちゃんに何かもらってたでしょ……それで、そういえばあんた、六月誕生日だって思い出して……」
後半の台詞を、らしくなく小声で早口でぼそぼそと呟いて、目を逸らして俺に片手を突き出した。とん、と胸元に手が当たり、何か握っている、と思う。紙が擦れる音がした。
「……え?」
「え? じゃないよ、誕生日でしょ!?」
なぜかよく分からないけど怒られて、頷く。俺は今日誕生日だ。でも、だから大坂千寿がなんだって言うんだ。戸惑う。
「露出狂のときと、こないだのおんぶの……借りは返したいの」
腕を掴まれ、てのひらを上にするようにひねられて、そこに何かを乗せられる。きれいにギフトラッピングされた、小さな何か。どう見ても、誕生日プレゼントだ。
「えっ、えっ」
「なに?」
むすっとした顔の大坂千寿は、俺が何に驚いているのか、ちゃんときっと分かっていて、それでなお分からないふりをしている。ということが、俺にも分かっているから、ほんとうはこれを「借りを返してもらった」と思い黙って受け取るのが彼女のプライドのためなんだろう。
しかし再三言うが、俺は誰かのために生きているわけじゃない。
「あ、えっ、うれしい、これなに?」
「……別に、大したものじゃないから」
「開けていい?」
「帰ってから開けたら?」
「やだ、今開ける」
慌てて、丁寧にかけられたリボンを引きちぎるようにほどいて、紙をやぶく勢いで開ける。中から出てきたのは、……なんだかもふもふした物体……。
「……?」
「だから、大したものじゃないって言ったじゃん!」
「ってか、これ、なに?」
手の中で、小動物のようにころころと転がる物体に首を傾げると、大坂千寿は顔を真っ赤にして俺からそれを奪い取ろうとする。よく分からないけど慌ててよける。
「やっぱりあげない! 返して!」
「やだ! もらったからもう俺の!」
「あんたに似てると思ったからそれにしただけだし、ほんと千円もしないチャームなんだから、返してよ!」
「……俺?」
「あっ」
身長もそこまで変わらない彼女からもふもふを守るためにぎゅっと握り締めて、きょとんとする。しまった、って書いてあるような顔で口を手で覆う。
てのひらを開いて、それをじっと見る。よく見たら、なんか小さい顔がついていて、もふもふのぬいぐるみのようだった。これは……たぬき。
「た、たぬき……俺……たぬき」
「なに、不満なの!?」
「う、ううん、うれしい!」
正直男がこんなかわいいチャームもらっても、って思う。しかも俺に似てると思ってたぬきをチョイスされたの、ちょっと傷つく。
でも、うれしい。大坂千寿がほんの一秒でも、このチャームを選ぶとき俺のことを考えてくれたこと。
笑うと、彼女は顎を引いて顔を歪め、苦々しいものを飲み込んでしまったと言わんばかりに呟いた。
「あんたのその顔、嫌い」
「え……」
「なんで、自分のこと嫌いって言ってくる奴に、そんなふうに笑えるの」
「……大坂さんが俺のこと嫌いでも、俺は大坂さんのこと好きだから?」
それ以上の理由なんてないのだ、ほんとうに。
でも、大坂千寿にとって、そういう俺の気持ちはまったく理解ができないようだった。
「前も言ったと思うけど、そういう偽善がかっこいいと思ってるなら、やめたほうがいいよ」
「だから、偽善じゃないって言って……」
「じゃあなんで、あたしのこと好きって言いながらカノジョつくるの? こんなに嫌われてるのに、どこに好きになる要素があるの? 教えてよ」
「それ、は……」
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