天使なのか雉なのか
「でさ、千寿ちゃん……、あ、ごめん、デート邪魔してるかな」
「ううん、だいじょうぶ」
「いやまあでも、あたしたちはそろそろ後半戦だし」
「え? まだ見るの?」
思わず声に出した。唇を尖らせると、姉はにたりと笑う。
「さっき気になって結局試着しなかったワンピあるじゃん。あれもう一回見に行こうかな~って」
「……ああ、あれね」
「ほら、さっさとそれ飲んじゃってよ」
「頭きーんってなるから、一気には無理」
「こどもみたいなこと言わないで、ていうかそんな冷たくないし」
せっつかれ、俺は味わって飲んでいたコーヒーをしぶしぶ一気に吸い上げる。姉の分のカップも奪い、立ち上がる。
「行こう」
「じゃあ、またね千寿ちゃん」
「うん、またね」
にこにこと手を振った大坂千寿をちらりと見る。ん? と言わんばかりに微笑まれ、どぎまぎしてしまう。姉の手前だからだと分かっていても、俺にあんなやわらかいとろけるような笑みなんて、十年くらいもう、向けられていないような気がしたから。
てくてくと通路を歩いていると、姉はレディスファッションフロアとは別の方角に向かっている。
「姉ちゃん?」
「ん?」
「さっきの店、もっと上の階じゃなかった?」
「うん」
鼻歌でも歌い出しそうな、ご機嫌の姉が俺を連れてきたのは、メンズファッションフロアだった。首を傾げているうちに、姉はこっちこっちと俺を誘導する。
時計。
「……えっ」
「あんたが顔洗ってる間に、お母さんに軍資金もらったから、お姉ちゃんのお金と合わせて、時計買ってあげる」
「マジで! 天使かよ!」
「もっと崇めて」
「あなたが神か」
目をきらきらさせながら、ディーゼルの、ほしかったデザインを手に取る。値段も、俺のバイト代で狙えるくらいのものだったので、姉の即オーケーが出る。
「その値段なら、予算内」
「やったー!」
姉が会計を済ませている間、すっかりご機嫌になっていろいろとほかにも時計を見ていると、通路の向こうから大坂千寿と中原くんがやってきた。なんで。コーヒーショップ入ってたじゃん、なんでもっとゆっくりカフェタイムしてないの。手元を見ると、テイクアウトしてきたカップを持っている。なるほど。いや、そうじゃないから。
慌てて隠れるが、「雉も鳴かずば撃たれまい」ということわざを知っているだろうか。俺もなんとなく知っていた。
「彰吾~!」
雉……姉が大声で俺を呼ぶ。ラッピングがどうこう言っているけど、どうせ帰ったらすぐ開けるんだし、箱さえあればなんでもいい、ラッピングなんてどうだっていい!
ふたりは姉の声にしっかりこちらを振り向いた。
「青いリボンと緑のリボンがあるんだって、どっちがいい?」
「どっちでもいいよ!」
小声で怒鳴ると、姉ははてなって顔をして、じゃあ青にするね、と言ってレジに戻っていく。
ちらりと、通路のほうを見る。さっき、たしかにふたりと目が合ったけど、彼らの姿はすっかり消えていた。ほっとするような、なんとなく面白くないような気持ちになって、つい唇を尖らせた。
「お待たせ! はい、どうぞ!」
「……ありがと……」
「なんで口尖ってるの?」
欲しかった時計を、こんなサプライズで姉に買ってもらえてうれしいし、あとで母親にもお礼を言いたい。
でもそれとこれとは別なのだ。
「姉ちゃん声でかいんだよ!」
「は?」
◆
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