ぜんぜん偶然

「あ、なんか着てみたらいまいちだね、肩幅広く見える」

「やっぱ?」

「さっきのやつのほうがかわいかったかも」


 散々いろいろな店を見て回り、姉は、服を三着、靴を一足、アクセサリを二点買った。鞄は、びびっとくるのがなかったみたいだ。

 そして、休憩と称しカフェで一服する。甘い味つけのコーヒーを頼んでほくほくと飲んでいると、姉はそんな俺を見てふふふと笑った。


「なに?」

「彰吾さあ、甘いの好きだよね」

「うん」

「カノジョとデートするときも、甘いやつ頼むの?」

「……いや、コーヒー飲む」

「見栄っ張り」


 唇を舐めて、苦笑いする。

 そう、俺はカノジョや女の子と一緒にこういう店に入るときは、絶対ブラックコーヒーを頼むのだ。飲めないことはないので特に苦ではないけど、相手が飲んでいる甘いのが気にならないと言ったらうそになる。気心知れた姉なので、飾らずに甘いものを注文できる心地よさは、正直なところ、ある。


「ま、彰吾もお年頃の男の子だもんなあ…………ん?」

「ん?」


 姉の視線が俺から逸れて入口のほうに流れる。そして首を傾げた。つられて俺も、振り返ると。


「……」

「千寿ちゃんじゃない?」


 そっすね。

 慌てて首をもとの位置に戻す。そんな俺を気にすることなく、空気も読まず姉が大坂千寿に声をかけた。


「千寿ちゃーん」

「え?」


 俺たちに気づいた彼女が、はっとして姉の名前を呼んだ。


汐里しおりちゃん」

「偶然だね、千寿ちゃんも買い物? あ、カレシ?」


 中原くんいるのかよ!

 何とも言えない気持ちになって、なんで姉は大坂千寿に気づいてしまったんだろうと恨みつつ、じろじろと見てくる中原くんの視線に耐えきれずうつむく。


「あ、この人、武本くんのお姉さん」

「へえ」


 はじめまして、とお辞儀した中原くんに、姉はご機嫌な様子で声をかけた。


「背高いね? バレー部?」

「バスケ部です」

「汐里ちゃんたちは、買い物?」

「うん、そう。彰吾を荷物持ちで連れ回してるの!」


 イエーイピースピース、とか言いそうなテンションの高さに、中原くんが早くも「俺はこの人が苦手かもしれない」という空気を醸し出しだす。奇遇だな、俺も血縁じゃなかったら避けたい種族のパリピだよ。


「ふふ、汐里ちゃん、楽しそう」

「楽しいよ~、千寿ちゃんも一回彰吾と買い物行ってみな? 超楽しいから!」

「ふふふ」

「カレシくんに悪いか」


 にこにこと笑っている大坂千寿は、俺を前にして嫌な気持ちなんて一切ないような顔をしている。ほんとうに彼女の裏の顔が本性なのだろうか。あれだけ罵られてけなされて、突き放されてもやっぱり、表を本性だと思いたい自分が顔を出してしまう。

 一方で中原くんは、俺と一緒で、ちょっと居心地が悪そうな顔色だ。そりゃあそうだ、カノジョ、彼女のことを好きな男、彼女のことを好きな男の姉、自分。俺だって、中原くんの立場になったら「これはいったい全体どういう状態なんだ」って考えこんでしまうと思う。


「てか……千寿ちゃんって、もう彰吾のこと、彰ちゃんって呼んであげないの?」

「え」

「昔は、彰ちゃん、ちいちゃん、って呼び合う仲だったじゃん?」


 大坂千寿が困ったように眉を下げて笑う。姉よ、頼むからもうこれ以上俺の傷をえぐって塩を塗りこみワサビをトッピングしてくれるな、頼むから。

 泣き出しそうになりながら姉に目で訴えるも、彼女は俺のほうを見もしないで大坂千寿に話しかけている。


「彰吾さ~かわいかったよね~、なんでもかんでもちいちゃんちいちゃんってさ~」

「ふふ、そうだよね」

「それが今やこんなでっかくなって毛も生えてしまった……」

「あはは」


 おかしなことは言われていないのに、毛が生えるのは当たり前のことなのに、なんだかすごく俺が嫌な感じに成長してしまった気持ちにさせられる。そして大坂千寿は、姉のテンションににこにこ笑っている。よく笑えるなあ、と他人事のように思いながら、手元の甘いコーヒーをストローでひと口飲む。

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