世界の回し方

 朝が苦手なのは、なんだろう、年々加速していく気がする。小学校のときなんてもっと早く起きて学校に行っていて全然平気だったのに、これが今やこの体たらく。


「しょーご! 起きてよ!」

「うう、昼飯食ってから行こうよ……」

「何言ってんの、あんた以外全員もうご飯食べたよ」


 枕元で姉がきゃんきゃんわめいている。今日は日曜、俺をショッピングに連れ出そうとしているのである。

 そろそろ夏物が勢揃いしてきている時期だそうで。まだ六月、もう六月。ちなみに今日は、姉に味方するように雨は止み太陽が顔を出しているわりにそんなに暑くもないという、絶好の外出日和。

 休日は寝られるだけ寝ていたい俺を、姉は許してはくれない。昼の十二時頃俺の部屋に無断で入ってきて、きゃんきゃんわめいている。

 しかたなく、起きて顔を洗いに洗面所に向かう。ちらりと見ると、姉はすでにメイクもばっちり髪型も服装もよそ行きで、出かける準備はばっちり整っていた。


「彰吾さ~月末誕生日じゃん、なんか買ってあげるよ~」


 スマホをいじりながらご機嫌の姉に、目を輝かせる。


「マジで? 時計ほしい」

「それはダメ、高い」

「じゃあ言うなよ!」


 ディーゼルの時計ほしかったのに……とぶちぶちぼやきながら支度をする。顔を洗い歯を磨き、服を着替えて髪の毛をセット。今持っているのは、Gショックの黒いやつ、これはこれで気に入っているけど、もう一本くらいほしいと思っていたので、自分で金を貯めて買うしかない。

 姉は太いハイヒールのパンプスを、俺は赤いコンバースを履いて外に出る。俺が起床してからここまで、わずか十分である。


「男の子って支度早くていいね」

「おなかすいた……」

「いつまでも寝てるあんたが悪いんだっつの」


 すきっ腹を抱えて、電車に乗り込みショッピング街を目指す。


「今日何買いたいの?」

「え~? 服と靴と鞄とピアス」

「ちゅ、抽象的……」

「そりゃそうだよ、見て、ほしいものあったら買うんだから。なかったら買わないし」


 女の子の買い物って、そういうとこあるよなあ。あんまり、男友達と買い物行かないから俺以外の男のことは分かんないけど、元カノたちは、みんなそうだった。目的があるようでない買い物が好きで、いろんなものに目移りしてしまって、それがちょっと、かわいいのだ。

 だから、甘い飲み物を買ってもらえるとか、そういう建前は抜きにして、姉との買い物はけっこう楽しい。


「ねえ、こっちとこっちどっちがかわいいと思う?」


 うだうだと、やはり目的のない買い物を楽しみながら、なんだか、と思う。なんだか、ずっとこういう楽しいことばかりで世界が回って行けばいいのにな。なんだって俺は、大好きな子にあんな嫌われてすごい疎まれて、足蹴にされているのだ。

 まあ別に、大坂千寿の感情が俺に向けば、なんだっていいことに変わりはないのだけど。好かれることをあきらめた俺は、もうこれは蛆虫並みに嫌われてやろうと意気込んでいる。とはいえわざわざ嫌われるようなことをするつもりはあまりないし、どうやれば嫌われるのかもよく分かっていない。


「俺はこっちが好きかな、姉ちゃん細いし、似合うと思う」

「そう? じゃあこっち試着してみようかな」


 どっちも試着すればいいのに、と思うけど、なんか、試着室に一度に持ち込める服は三着まで、と決まっているみたいで、姉は悶々と悩んで絞り込んでいる。

 試着室のカーテンが開き、ドレスアップした姉が自慢げに出てくるたびに俺は感想を言わなくちゃいけなくて、しかもその感想はただ褒めればいいってわけじゃないらしく、似合ってないと思ったらばっさり言わなくちゃいけないんだそうだ。

 なんで、と以前聞いたら、褒めてほしいだけならそういう遠慮のある女友達と行くし、店員さんも褒めてくれるのだから、あんたを連れて行くときは男の子という新たな視点からの意見が聞きたい、と答えた。なるほど。

 とは言え、姉は服に関しては男受けをまったく気にしていないけど。

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