その案は却下です
「どこが名案なの?」
トシがうんざりしたような顔をして腕を組み、尊大に足を組んでふんぞり返った。
「ばかだばかだと思ってはいたけどここまでばかだとは」
駅前のマックは今日も大盛況。学生であふれ返っている店内で、ポテトと飲み物だけ頼んで二時間くらい居座るつもりで座り込んでいる。目の前に、同じくポテトと飲み物を従えたトシを据えて。
「いや……ばかなのはおまえじゃないか、提案した佳音ちゃんのほうか……」
「のんちゃんは……俺にあきれつつもがんばってくれただけで……口の端引きつってたし」
大坂姉妹は、姉のほうは妹から聞いただけだからまだ分からないけど、少なくとものんちゃんはすぐ顔に感情が出る。喜怒哀楽が激しすぎて隠しきれないのかもしれないし、隠す気もないのかもしれない。なので、俺がメスになりたいと言ったときにどう控えめに見てもドン引きしていたのは明白だし、あ、ちょっとこいつヤバイやつだ、と思ったのもなんとなく分かる。
だけど、それでも引きながらでも精一杯提案をしてくれた優しさは買うしかないし、そもそもカノジョになればいいってけっこう魅力的な提案だった。だから、トシの言うばかは間違いなく俺である。
「ていうか、そもそも根本的なことを聞くけど、おまえはそれでいいの?」
「……だって俺大坂さんに抱かれたいとか思ってるし、別にいいんじゃね?」
きょとんと、何を今更という気持ちをにじませて答えれば、トシが頭を抱えた。
「付き合うってなってみて、現実的に抱かれるのは無理じゃん」
「だから付き合えないからいいんだって」
「諦めんなよ!」
「俺は現実を穴が開くほど見つめて、穴がないことに気づいている!」
「うまく言ったつもりならぶん殴るぞ」
結局トシに、俺が大坂千寿の彼女になりたい、と思う気持ちは分かってもらえなかった。とぼとぼと帰路につきながら、最寄り駅はどうにもさびれているなあ、と思いながら電車を降りた。
駅前にコンビニが一軒ぽつんと建っている。それだけまだましか、と思いながらも角を曲がると、しゃがみ込んでいる大坂千寿を見つけた。
「……」
こちらに背を向けてうずくまっている。何をしているんだろう、と思ったのも一瞬で、すぐに、具合が悪いのだと気づいた。そういえば昨日も保健室にいた。
「お、大坂さん」
「……」
振り返った顔は真っ青というか、真っ白で、血の気がなかった。街灯に照らされて、余計に冴え冴えと見える。慌てて近寄って、膝に手をついて覗き込んだ。
「具合、悪いの? 家に連絡しようか?」
「……いい。すぐおさまるから」
「でも……」
背中をさすってあげたほうがいいのか、そもそもどういう感じに具合が悪いのかもよく分からないので、どうしようもなくなってとりあえず彼女の前に背中を向けてしゃがみ込む。
「……?」
「おんぶ」
「……」
「俺に触られるの嫌だと思うけど、でも、ちょっとだけ我慢すれば家に着くから」
たぶん、頼られはしない。きっと彼女は死んでも自力で動き出す。そう思っていたけれど、背中に、意外にも手が触れた。
「っ」
「……自分で背中差し出したくせに、なにビビってんの」
肩を浮かせた俺に、ごもっともなツッコミが入る。その声は、つらそうに震えていたけど、少し笑っていた。
大坂千寿をおぶって道を歩く途中、俺はとあることに気づいてしまって、気が気ではなかった。
「……」
胸が当たる。スレンダーなので決して豊かだとは言わない。でも、ちゃんとある。さらに、制服はスカートなので、素足を抱えることになる。肌に手で触れていることになってしまっている。しかも、よっぽど具合が悪いみたいで、首筋に頬を寄せるようにうなだれている。抱えた足は、ひどく冷たい。
いたたまれなくなって、悶々としながら虚無を目指して歩いていると、大坂千寿はぽつりとつぶやいた。
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