おまえはエスパー
「ああ」
来てる? と首を傾げれば、先生は頷いてベッドのほうをそっと指で示した。
保健委員でもないのに保健室に用事がある理由なんて。そうか、大坂千寿は病人かけが人のどちらかだったのだ。ベッドを仕切る白いカーテンが風に揺れているのを目の端に映し、俺は小声で聞いた。
「大坂さん、具合悪いの?」
「うん、ちょっとね」
「風邪?」
「まあそんなとこ。寝てるし、お見舞いは伝えておくから帰りなさい」
肩透かしを食らった気持ちだ。でも、具合が悪いのに無理を押して自分の主義主張を散らかすのは、きっとよくない。もっともっと嫌われてしまうだけだ。
でも、寝るほど具合が悪いのなら、もう午後は早退して、迎えに来てもらうなり帰るなりしたほうがいいのではないのだろうか。
「そこまでひどくないし、寝れば多少はましになるから」
「……?」
「とにかく、ほら、武本くんはもうあと一回も授業さぼれないんでしょ?」
「うっ」
痛いところを突かれ、すごすごと保健室をあとにする。善は急げと思ったんだけどな。
とは言うものの、結局俺は自分が大坂千寿と対峙して何を言うつもりだったのか、たぶんまったく考えていなかったので、ここで一拍置いて考えるのはいいかもしれない。
教室に戻ると、トシが戻ってきていた。
「あ、彰吾どこ行ってたの」
「……保健室」
「なに? どっかけがした?」
健康そのものの俺をじろじろ見ながら、トシが、自分の前の席の椅子を、まあ座れよと示してくる。素直に、誰の席かも知らないままに座りため息をつくと、彼はいやそうに目を細め俺を斜めに見てきた。
「なにそのいかにも、聞いてほしいことがあるんです~、みたいなため息!」
「あ、分かる?」
「しかも内容がけっこうめんどくさそうな感じのやつ!」
「ばれてる! トシ、エスパーなの?」
身を乗り出すと、白けた顔をされた。でも、とりあえず聞いてくれるみたいで、片腕で頬杖をついて同じく身を乗り出してくる。
「大坂さんに、最近ぜんぜん相手にしてもらえなくて……」
「……もともとじゃね?」
「目すら合わなくなって、そんで、なんか、ちょっと傷ついてたっていうか」
「だからもともとじゃね?」
さっくりと俺のガラスのハートを粉々にしてくるトシが、それで、と言う。
「それで、大坂さんに相手してもらえないことと保健室は何の関係が?」
「大坂さんに正面切って罵ってもらおうととなりのクラスに行ったら、保健室だって言われて、保健室行ったら具合悪いみたいで先生に追い返されたの」
「おまえ今、さらっとえぐいこと言ったな」
「ん?」
げんなりした顔で、そういえば……とトシが何かを思い出したように呟く。
「俺さっき大坂さん見た」
「え?」
「ああ、あれ保健室行く途中だったんか、なんかすげー具合悪そうだった」
傍目から見て具合が悪そうなのに、早退しなくていいんだろうか。大坂千寿の成績や態度なら、一日の午後くらい授業に出ていなくても問題なさそうだけど。そんなに、早退したくない理由でもあるんだろうか。
そんな疑問を持て余し、ふたりして首を傾げていると、予鈴の前だと言うのに先生が授業の準備をはじめに教室に入ってきた。次は英語だ。昼休みあとの英語とか数学とか国語とか理科とか歴史は眠くなるから駄目だ。座学は滅べ。
ぼちぼちとクラスメイトが教室に戻ってきて、予鈴が鳴って、俺はトシの前の座席の持ち主に追い出され、自分の席に退散して英語の教科書を広げる。正直なところ意味の分からない文章しか載っていないんだけど、勉強しないと、とは思う。
だって、一年後にはきっとどこかの大学でこうして教科書を広げていないといけないわけだし。そのためには、勉強してどこかには滑り込まなければ。でも、どこに? 何をしに?
「……」
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