顔、みないで

「あのさ。ごめんな、文化祭。でも、一番分かってほしいのは、二股かけてたわけじゃないってことなんだ。あの子とはなんの関係もない、それはほんと」


 みゃあちゃんは、トシから俺と大坂千寿の関係を聞いてすべて知ったらしい。その上で、歩生に全部説明して、それで謝罪をしてほしい、と提案してきたのだ。

 あたしがふたりのことに口出ししちゃいけないのは分かってる、でも歩生は今ひとりじゃどうしようもないから、あたしの手助けが必要なのも分かってほしい。そう言って、みゃあちゃんは俺をここに連れてきた。


「たしかに、あの子のこと好きだけど、でも歩生のことどうでもいいと思ってたわけじゃないし、だからあの子のこと知らない人のふりもした。傷つけたくなかったから」


 こんなのきっと歩生の耳には言い訳にしか聞こえない。でも、しかたない。俺が持っている事実はこれしかないのだから。

 ドアは鍵がない仕組みで、開けようと思えばいくらでも開けられた。でも俺は、開けなかった。歩生が自分で開けてくれるのを待っていた。


「……歩生に、ちゃんとほんとのこと話したくて」


 開けてほしいとは言えなかった。それはちょっと傲慢だと思ったから。

 結局みずからの意思で開けさせることすら傲慢な気もするので、俺はもしかしてこのドアが開かないことを祈っているのかもしれない。

 だってドアが開かなければ歩生と顔を合わせないで済む。自分のしでかした悪事と真っ向から目を合わせることもない。

 だけど、なんの物音もしなかった部屋のドアノブが、急に下げられた。息を呑む。


「……歩生」

「…………今、メイクしてないから、顔みないで」


 タオルケットを頭からかぶっている歩生がドアの隙間から俺を部屋に招き入れた。招き入れたというより、引っ張り込んだっていうのが正解なのかな、俺は伸びてきた手に手首を掴まれて、引きずられるように中に入り、ドアはぱたんと軽い音を立てて閉まった。

 ベッドの上に膝を抱えて座り込んだ歩生と、向かい合うように立ち尽くしていた俺は、とりあえず一言断りを入れて、勉強机の椅子に座った。


「……」

「……」


 タオルケットを目深にかぶっていて、表情はうかがえない。じっとりと無言が部屋を支配する中で、俺が話をしなければならないのだと気づいた。


「あの、さ」


 ちゃんとほんとのこと話したい。その言葉に嘘はないけど、実際こうして向かい合うと、何から手を付けていいのか分からない。

 俺は歩生に何を話すつもりでここまでのこのこついてきたのだろうか。


「……文化祭のとき、のあの子はさ」

「……」

「幼馴染なんだ。幼稚園の頃から、小中高と一緒で。こどもの頃は仲良かった、一緒に遊んだし、家も近かったから。でもなんか、小学校の途中くらいから、俺が嫌われちゃって、何したのか全然覚えてないんだけど、距離置かれちゃって……。それでも俺はずっと好きだったんだ」


 大坂千寿の蔑んだような目が、脳裏を横切った。こういうとき、彼女ならどうするのだろう。


「でもさ、嫌われてるから、叶うわけないって知ってるし、付き合いたいとか思ってるわけでもない。嫌われてちょうどいい、くらいに思ってる。だから、歩生が思ってたかもしれないような、二股とか同時に付き合ってたとかそういうのではなくて」


 俺がしゃべっている間、歩生は聞いているのかどうかも分からないくらい微動だにしないでいた。不安になりながらも、それでも俺は全部言う。


「だから、歩生の前に付き合った子も同じ感じで、一番好きなのはあの子で、でもカノジョとかそれなりに楽しくて、歩生と一緒にいるときも、楽しかったし幸せだったよ」

「……」

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