どっちを助ける?
「好きな子がいるって、歩生に言わなかったのはほんとに悪かったと思ってる。ごめん。言い訳にしかならないけど、俺は、ちゃんと歩生のこと大事に思ってたし、何も説明させてもらえないまま別れるって言われて、けっこうさみしかった。今日ここに連れてきてくれたのはみゃあちゃんなんだけど、感謝してる」
部屋は、遮光カーテンが閉められていて、ほんとうなら西日が入ってくるらしく、カーテンの隙間から強い日差しが射してきているけど、薄暗い。
「そういうのも全部俺の自分勝手な気持ちではあるけど、歩生には、ちゃんと言っておきたかった。絶対信じてもらえないと思うけど、歩生と付き合ってたときは歩生のことが一番大事だったし、ちゃんと好きだった」
軽い気持ち、やれそうだな、って思って付き合ったけど、好きだったのも、ほんと。
伝わらないだろうな、と視線を床に落としたとき、歩生が何か言った。
「え?」
「……その子と、わたしと、どっちかしか助けられないとき、どっち助ける?」
「ん?」
質問の意味をとっさに理解し損ねて聞き返すと、歩生は顔を隠すように口元まで垂れているタオルケットを引き下げた。
「すごく困ってる、わたしとその子が。でも、ショーゴはどっちかしか助けられない。どっち助けたい?」
「……」
頭の中で、すごく困ってる、という状況がよく思い浮かばなくて、とりあえず、助けるというワードから歩生と大坂千寿がビルの屋上から落ちかけているのを俺しか助けられない状況を作り出してみる。
「……」
考えてみた。
「……どっちも助けたいな」
「どっちかしか助けられないの」
「でも、どっちも助けたくてがんばると思う。結果的に、どっちかを助けられなかったとしたら、それは俺の力不足だけど、でもどっちも助けたい」
現に、俺はみゃあちゃんに押し切られたかたちとは言え、歩生を助けたくてここにいるのだから。
「……だって、どっちかだけ助けて、そんなの、助からなかったほうのこと考えると気分悪くなりそう」
屋上から落ちかけているふたりの、片方だけに手を差し伸べて、それでもう片方が手も差し伸べないまま落ちていくなんて、そんなのはだめだ。
俺は無理でもなんでも、どちらもに手を伸ばしたい。
「……ショーゴってそういうとこあるよね」
「ん?」
「今のはさ、わたしとあの子、どっちが大事? っていういじわるな質問だったんだけど」
「……あのさ」
ただ、屋上から落ちかけているふたりに、俺は言いたいことがあった。
「歩生、俺はどっちも助けたいけど、助けてって言われないと気づかない」
今日も、みゃあちゃんが教えてくれなきゃ、歩生がこんなことになってるなんて知りもしなかったし、そりゃもちろん歩生が俺に伝える気なんかなかったのもあるだろうけど、それでも、みゃあちゃんにも会いたくない、おばさんにも、会えるかどうか分からないなんて言わせる状況なんて。
「大きな声では無理かもしれないけど、でも、俺は助けてって言ってくれたほうを、どっちかって言うと助けたい、になるのかな……」
俺は結局、おまえはそこにいるねと認められたい。大坂千寿に嫌われているのが、蔑まれているのが心地いいのも、認識されているからだ。
歩生が笑ったのが、空気の揺れでなんとなく分かった。
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