気まずいお宅訪問

 しかしよくよく考えれば、情けで中途半端に手を差し伸べるのは、切り捨てるより悪のような気がする。


「……」


 付き合っていたころにも一度も訪れたことのない歩生の家は、無機質な三階建ての一軒家だった。狭い敷地を最大に生かすために、縦に長くした、という感じの。

 みゃあちゃんがインターフォンを押す。母親らしき声に、長谷川です、と名乗りドアを開けてもらっている。


「歩生、元気ですか?」

「うん……でも、みやこちゃんに会いたくないって……ごめんね……」

「あ、いいの。今日はあたしじゃなくて」


 二対の瞳が、俺に向けられる。どぎまぎしながら、しょっていたリュックの紐を握って、ぺこりと頭を下げた。


「誰?」

「うーん……歩生と話がしたいんだって」


 なんだかまるで俺が話したいと自発的に申し出たかのような言い方だな。

 いぶかしげに俺を見ているおばさんに曖昧に笑いかけて、口を開く。


「俺……歩生が学校来てないって聞いて、心配で……えっと……その、ちょっと話がしたくて」


 しゃべればしゃべるほど墓穴を掘る気がするので、そして歩生が母親にどこまでしゃべっているのかが分からなくて、探り探りになる。とりあえず笑っておけ、ということでぎこちなく笑む。


「そう、ありがとう……でも歩生が人と会いたがるかどうか……」


 そんなに重傷なんだ。歩生はそんなに傷ついたんだ。

 歩生の責任ではあるけど俺が悪くないとは絶対に言えない。だって、俺が歩生を断っていればそもそもこんなふうにはならなかったんだから。


「あの、おばさん……ごめんなさい、あの」

「え?」


 となりにいたみゃあちゃんが、俺のわき腹を肘で小突く。どういうつもりで小突かれたのか分からないけど、さっさと行くぞということだったのか、余計なこと言うなということなのか、分からないけど、でも、黙っていられなかった。


「歩生は、俺にはもったいないくらいいい子で、でも俺傷つけちゃって、それで、どうしても謝りたくて、来たんです……」

「……」

「なんか、会ってもらえなさそうな感じですけど……」

「……ショーゴくん?」

「え?」


 おばさんが俺の名前を呼んだ。なぜ、と思って顔を上げると、笑いたいんだか泣きたいんだか、くちゃっとした顔をして、俺をじっと見ていた。


「歩生がよく話してた。すごくいい子で、今度家に連れてくるって言ってた」

「……」

「浮気されたって泣き腫らしたりしてたけど」

「……」


 母娘仲良すぎる。つらい。

 真っ青になった俺に、おばさんはくすくす笑ってため息をつく。


「まあそんなこともあるよって言ったんだけどね。上がって」


 玄関に立ち尽くしていた俺を家に上げ、歩生の部屋は二階上がってすぐ左、と教えてくれる。

 さすがに人生経験を積んできた人は寛容度が違う、のか?

 戸惑ったまま階段に足をかけたところで、おばさんは俺にぶっとい釘を刺した。


「今度泣かせたら警察沙汰になるかもね?」

「……うぃっす……」


 このあとの展開如何によっては殺される。そう確信しながら、死刑台に続く階段を上るような気持ちで二階へ進む。すぐ左の部屋はドアが閉まっていて、固く閉ざされていた。

 軽くノックをして、歩生、と呼ぶ。


「歩生」


 反応がない。


「歩生、俺。ショーゴ」


 少し声を張り上げて名乗るも、それでも物音ひとつしない。

 どうしたものか、と後頭部を掻き、中にいる彼女が寝ているのか起きているのかそれすらも分からない状況で、ノックするために持ち上げた腕も下げられなくて、ため息をついて、この場で話をすることを決意する。

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