正論は人を救わない

 スマホを見ながら道を歩いていると、背後に視線を感じるのと同時に鈍い痛みが尻を襲った。


「いっ……」


 何かが当たったようなその衝撃に、よろけながら振り向くと、ぶすっとした顔の金髪カラコンミニスカ女子高生……もといみゃあちゃんが立っていた。


「あ、えーと……」

「ちょっと来て」


 どうやらぶつけられたのは、彼女が持っている鞄のようだ。断りたい気持ちでそわそわと一歩下がってみるも、大股で二歩距離を詰められて諦めた。顎をくいと動かして、ついてこいよ、のジェスチャーをした彼女に、しぶしぶついて歩き出す。

 しばらく歩くと、駅前のファストフード店に着いた。ためらわず中に入って席を陣取り、みゃあちゃんは俺に言う。


「シェイク、何味でもいいや」

「……」


 おごれと。

 勝手に俺をここまで連れてきておいて、おごれと。

 睨みつけたい気持ちになるが、ぐっとこらえて注文に向かう。一番ゲテモノっぽい味頼んでやる……と思ったが、ふつうにおいしそうな味のやつしかない。舌打ちして、シェイクをふたつ注文して席に戻ると、みゃあちゃんは退屈そうにスマホの画面をひたすらスクロールしていた。


「……」

「え~、あたし期間限定のがよかった」

「なんでもいいって言ったじゃん!」


 あまりの理不尽さに怒鳴り散らすと、うるさそうに目を細め、座れば、と言う。素直に向かい側に腰かけて、頬杖をつきみゃあちゃんをじっと見つめる。シェイクを一口飲んで、みゃあちゃんはスマホの画面をフリックしている。ラインかな……。

 少し待つと、彼女はスマホを置いて俺を見た。


「はっきり言うけど」

「はあ」

「あたしショーゴくん嫌い」

「はあ」


 だめだ、大坂千寿に言われるより断然インパクトが薄い。大坂千寿の嫌いが猪木のビンタだとしたら、みゃあちゃんの嫌いは風がそよいだ程度にしか感じない。そして猪木のビンタはご褒美なのだ。

 俺のいまいち薄味な反応にむかついたのか、彼女は眉を寄せて顔の横に流れた髪の毛を耳にかけた。


「歩生がさあ、まだショーゴくんのこと好きとか言うんだ」

「そっすか」

「そっすか。じゃねーよクズ」

「いや、だからさ」

「分かってるよふたりの問題だってのは」


 深々とため息をつく。みゃあちゃんの甘ったるい香水だか整髪料だかの匂いが、店内の暖房に乗って届く。


「でもさあ、そうやってショーゴくんみたいに割り切れたら楽だけど、そうはいかないから悩んでるんじゃん? てか、ショーゴくん、サトシがあたしに二股かけられてたらどんな気持ち?」

「ざまあ見る目ねえなって気持ち」

「…………」


 聞いたあたしが馬鹿だった。とかなんとかぼやきながらシェイクをストローで意味もなくかき混ぜているみゃあちゃんに、ふつと疑問がわく。彼女は何も、俺に嫌いだと言うためにここに連れてきたわけではあるまい。


「で……本題は?」

「……ああ、そうだ忘れるとこだった」


 オーバーサイズ気味の萌え袖になっているクリーム色のカーディガンに包まれた手が手持ち無沙汰に、テーブルの上のスマホをさわる。


「歩生が……」

「うん」

「ショーゴくんと別れてから付き合った男が……」

「うん……」

「ショーゴくんを上回るクズで……」


 遠い目をしているみゃあちゃんに、俺は乏しい想像力をフルにはたらかせてみる。好きな子がいるのにほかの女の子と付き合う俺よりもクズな男。俺を上回る、という言葉がつくからには、そっち方面でクズなんだろうなとなんとなく想像できた。


「どんなクズなの」


 聞いておいてあまり興味がない。だって、どんな男と付き合うのも、それは結局歩生の責任だ。冷たいと思われても、誰かに責任を転嫁していては、いつまでもどうにもならない。


「歩生がやだって言ってんのにゴムつけないし」

「うわ」

「会うたびやりたいやりたいばっかりだし」

「うわあ」

「すぐ別れたんだけどさ」

「災難だったね……」


 歩生の責任ではあるものの、ひどく同情する。そして同じ男として素直にその男をクズだと思う。自分を棚に上げて言うけど、クズだと思う。

 いや、だって、俺が傷つけたのは心だけだけど、そいつは身体も心も傷をつけてるじゃん。絶対後者のほうが罪が重いじゃん。


「でね、こっから相談なんだけど」

「ん?」


 みゃあちゃんがまじめな顔になる。カラコンで拡大された薄茶色の黒目がじっと俺を見て、それに飲まれるように俺も真剣な顔になってしまう。


「歩生、今、学校来てないんだ」

「えっ」

「……あいつにいろいろやられて、ちょっと病んでるっていうか、精神的にきついみたいっていうか」

「……」


 あの元気で明るい歩生が精神的に参っている、というのがにわかに信じられない。そんな男と付き合っても、俺に啖呵切ったみたいにばっさり捨てて、次にいっているものだとばかり思ったのに。


「違うよ」


 みゃあちゃんは、俺のそんな感想に、歯を食いしばった。


「歩生は、ショーゴくんをばっさり捨てたわけじゃない。ものすごく引きずってた。だから、あんな男に引っかかっちゃったの」


 だから責任転嫁はよせ。とは思ったものの、これを言うとみゃあちゃんに今度は顔の原型がなくなるまで殴られそうなので黙っておく。ただ、彼女もさすがに俺のこういう性格には気づいているらしく、不満げに唇を尖らせた。


「まあ、どうせショーゴくんに言わせれば、忘れられなくて手近な男で済ませようとした歩生が悪いんだろうけど」

「……」


 だよねなんて言えないけど、その通りだ。

 なんか、すごく俺が極悪非道な人間のような気がしてくる。俺、間違ったこと言ってない、よな? ああでも、正論は人を救わないのだっけ。


「それで……?」

「そう、それでね」


 彼女が俺に提案したのは、できれば全力でお断りしたい、頷きがたいことだった。しかし俺に断る権利のようなもの、みゃあちゃんを跳ねのける権利のようなものがないことは、明白である。だって、俺はまだ極悪非道になるつもりはないのだから。


 ◆

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