心臓破り壁ドン

「…………」


 全国のときめきが足りてない女子たち、ごめん。

 俺は今この瞬間世界で一番ときめいている。

 もう、胸キュンどころか胸ギュンしている。こんなに激しくてうるさい心臓なんて、二百メートル全力疾走したあとくらいしか経験したことがない。心臓破りの坂とかいうやつだってこのときめきには勝てやしない。


「なんか言ったら?」

「……ふえぇ」

「え?」


 しまった。

 俺よりほんの少し低い位置から、じろりと睨み上げられる。きりっとした視線にいくら睨まれたってすごまれたって、なんとなく愛らしさが抜けない、かっこよくてかわいい顔立ちは変わらない。でもめちゃくちゃかっこいい。

 メスにされたい。


「あたしは、ほんとの理由が聞きたい」


 ひとけのない、授業中の廊下。俺は、下駄箱を背にして大坂千寿を前にして、顔の横には彼女のすらりと伸びた腕。

 女子よ、これよりもときめく壁ドンなどこの世に存在しまい。

 中原くんを殴った謹慎明け、もうたぶん、進級できないだろうな、と思ったのでそもそもやる気もなくなって、それとなんとなく気まずくて、登校時間をあえて一時間目の途中にした。なのに、下駄箱で大坂千寿は俺を待っていた。

 あの大坂千寿がさぼって俺を待っていたなんて、信じられるだろうか。


「で?」


 逃げ出そうとした俺を壁に押さえつけてそのまま逃げられないように腕で閉じ込められて、今に至る。

 中原くんは、俺が殴りかかってきた理由を、大坂千寿との交際に文句をつけてきたからだ、と先生に説明した。俺ももう面倒くさいし実際その通りかもしれないと思ったので、特に弁解しなかった。痴情のもつれとして処理された俺の暴挙は、三日の停学処分で片がついた。

 しかし大坂千寿はそれに納得しなかったらしい。なぜ。


「どうして、中原くんを殴ったの」

「……」


 言い逃れ、嘘、その場しのぎの適当な言葉は許さない。そう言わんばかりのまっすぐな曇りのない意志の強い瞳が俺を射抜く。

 でも、俺には痴情のもつれ以上の説明なんかできない。中原くんの恋愛観に首を突っ込んで、相手が好きな子だったから頭にきたなんて、痴情のもつれ以外のなにものでもない。


「……ほんと、中原の言う通りだから……」

「言う通りって?」


 中原くん相手できみが幸せになれそうもないと分かったから、だから殴った。そんな自分勝手でエゴに満ち満ちた言い訳は、きっと大坂千寿には通用しない。


「あたしは別に、あんたを擁護しようとか思ってるわけじゃない。ただ、あんたが何の理由もなく人を殴るような人じゃないことくらい、知ってる」

「……」

「だから、教えてほしい。中原くんが、何を言ったのかを」


 歯を食いしばった。そんなの言えるわけない。おまえのカレシはおまえを幸せにするつもりないらしいよ、なんて言えるわけない。

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