頭に血が上ったなどと
すると、中原くんはたぶん俺の後頭部を見ながら、呟く。
「……大坂のこと?」
「っ」
図星を当てられて、なんで、と顔を上げると、凡庸な顔が困ったように唇を尖らせている。
「いや、最近武本、ちゃんと教室にいるじゃん、それで猪澤としゃべってて、中身、けっこう気をつけて聞いてたら、聞こえるっていうか」
「え、中原俺の話に聞き耳立ててたの? なんで?」
「……なんとなく……、それで、けっこう大坂の話してるなって……」
聞かれていたことを恥じながらも、それならば話は早いとなる。自分よりも数センチ上にある目線を睨み上げ、口火を切る。
「どっちから告ったの」
「……俺」
ほっとしたような、ますます苛立つような。大坂千寿からの告白でないことが、受動的な彼女の立場をますます顕著にしているみたいで。
ふーん、と返してから、質問を重ねた。
「いつから?」
「文化祭で、テンション上がったっつうか……、……あのさ」
「おう」
「なんで武本にこんなこと言わなきゃいけないの?」
もっともな指摘に、喉が詰まる。たしかに、言う通りだ、俺は大坂千寿とはなんの関係もない人間なので、いちいちこうして探りを入れてくること自体がおかしい。
「ごめん……その通りではあるんだけど、どうしても気になって」
「なにが?」
「その、中原が、大坂さんをちゃんと幸せにできるのか、とか……」
「……は?」
そう俺が口にした途端、空気が凍ったような変な違和感を覚えた。中原くんの、は? が明らかに冷たかったのだ。疑問と言うよりは、嘲笑に近い感じだった。
顔を上げると、中原くんはだけど不思議そうな表情で俺を見ていた。
「なにそれ」
「え」
「おかしくね?」
「なにが?」
今度は俺がきょとんとする番だった。中原くんは、俺にじりじりと近づいて、顔を覗き込んできた。
「別に結婚するとかじゃないし、そもそも文化祭の軽いノリだし、武本だって分かるべ? そーゆーの」
「……」
「そこまで考えて付き合ってる高校生いなくね?」
中原くんは、心底不思議そうな顔をしている。幼稚園児がはじめて芋虫を見たような顔をしている。
気づいたら手が出ていた。
「ざっけんな!」
「いって!」
ふざけんな俺は芋虫なのかよそんなに好きな奴の幸せ願うことがおかしいかよ高校生が相手の幸せ願って付き合ったらおかしいのかよ何がノリだ馬鹿野郎そんな軽いもので俺の大事な大事な大坂千寿をたぶらかせる立場にいることをそれこそ至上の幸福と思いやがれクソがクソがクソがくたばれ!
「おい、彰吾!」
中原くんに馬乗りになっている俺を背後から誰かが羽交い絞めする。はっと我に返って振り向けば、真っ青な顔をしたトシが俺を必死で止めていた。
視線を床に戻すと、中原くんはぐったりして頬を腫らしている。
「あ……」
「なにしてんだよ! この、馬鹿!」
こぶしが、ひりひりと痛い。騒ぎに気づいて、先生や近くにいた生徒たちが集まってきている。
だらりと身体の力が抜けて、トシに全体重をかける。
「……なあ、トシ」
先生が近づいてきて事態を把握するだろう前に、告げておくことにする。
「好きな人の幸せ願うのって、間違ってんのかな……」
「え、は……?」
「中原くんが、ノリで付き合ったんだから幸せとか言われてもって言うんだけど、俺間違ってたんかな……」
「……」
「間違ってたんだよな」
だって、野次馬の女の子に連れられてやってきた大坂千寿は、今までにないくらい厳しくこわばった顔で俺を見ている。俺は、彼女の幸せを願うことすら許されない虫けらだったのだ。
所詮俺は、彼女に好きだとか、そういう甘ったるい感情を向けることすら罪であるくらいの、そういう存在だったのだ。
結局、どこまでも嫌われている。トシの胸に背中を預けて、そのいまいましげな突き刺すような視線に、ぞくりと背筋が震えた。
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