ラグビー部主将じゃない

 何を、こんなに悩んでいるのだろう。

 あのあと、ラインで歩生から暴言といっしょに、別れようの文言が送られてきた。今までのカノジョと同様、特にあんまり感慨もなく、ああ、くらいの気持ちで分かったと返した。

 別に平気なわけじゃない。いつだってそれなりに別れはさみしいし、俺は俺なりにさよならする子たちのことをちゃんと好きでいたのだ。だから、いなくなっちゃったなあ、くらいの軽い気持ちでばいばいしているわけではない。

 それに俺は、さよならが嫌いだ。つながっていた糸がぷちんとほどけてしまうのが、嫌いだ。


「で?」

「で、って?」

「中原をそんな目で見るからには、結局おまえ、大坂さんのこと諦める気ないだろ」


 そんな目、というのには自覚があって、俺はたぶん中原くんのことをすごい目で見ている。たとえて言うなら、部屋の網戸にへばりついてうるさく鳴いている蝉を見ているような目で見ている。つまり、目障りなのだ。

 何をこんなに悩んで、引きずっているのだろう。どうして俺は中原くんが邪魔なのだろう。


「……」


 理由は薄々察している。

 大坂千寿の相手が「中原くん」だというのが、問題なのだ。


「どういうこと?」

「なよい」

「ん?」

「なんかこう、俺、漠然と、あいつを抱くのはラグビー部主将! くらいのガタイのいい男だって思い込んでた」

「はあ?」

「それがふたを開けてみたら、もしかしてあいつと同じくらいの腕の太さなんじゃねーのってくらいなよい男じゃねーか! 笑わせてくれるわ!」


 コンビニで買ったパックの甘い紅茶をストローで吸いながら、トシが眉を上げて目を半開きにし小鼻を膨らませ口をへの字に曲げてしまった。


「それはおまえの思い込み。あと、さすがに腕の太さは同じじゃねえ」


 あきれたように、パックの角で俺の額を小突く。でも、俺の言いたいことはきちんと伝わったようで、ストローを歯でしごきながら、ちらりと中原くんの席のほうを見た。彼自身は今どこかに行っていて不在だ。


「まー、気持ちは分かる。ぱっとしねえんだよな、バスケ部主将と言っても顔も中の中で成績もうちの学校では真ん中らへん、人徳はあるから主将に任命されたけど、バスケもびっくりするほどうまくもない」

「……詳しいな」

「まあね、同じ中学だったから」

「あっ、そうなん」


 どうして大坂千寿は中原くんがよかったのだろう。あんな中途半端な男でいいなら俺でも……、いや、それは絶対にありえないんだけど、それでも、そういう気持ちの隙が生まれてしまうような男だ。

 あんな男に彼女を幸せにできるのか? 彼女はあの男でほんとうに幸せなのか? そんな疑問が雨後の筍のようにぽこぽこと出てくる。


「気になるなら聞けばいいじゃん」

「誰に……」

「中原」

「……」


 そうだ、大坂千寿に面と向かっては何も言えないし何も聞けないが、俺は中原くんにはふつうに話しかけられる。

 でも、中原くんに何か言ってそれがそのまま大坂千寿に流れてしまったら、ますます嫌われかねない。

 嫌われる? それがなんだ今更だ。俺はもう、じゅうぶんすぎるくらい嫌われている。


「中原ァ!」

「っえ」


 昼食を買いに行っていたらしい中原くんが教室に戻ってきたところを捕まえる。きょとんとして目をしばたいている中原くんの腕を引っ張ってひとけのない廊下の隅に連れて行く。


「なに? どしたの?」

「……あのさ」


 勢いで連れてきてしまったはいいが、何も話すことを決めていない。しどろもどろになって、俺は、こうべを垂れて襟足を掻いた。こんなはずじゃなかった。

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