あのときの人だね
道端に蝉の死骸の破片すら見つけられなくなった頃、文化祭本番は幕を開けた。
「えっこれショーゴがつくったの? やば」
歩生とみゃあちゃんがすごい勢いで校門のベニヤ板でできた門の写真を撮っている。
「いや、俺ひとりでつくったわけじゃないけど」
「ほとんどひとりでつくってたじゃん」
「ちゃんと広瀬さんもやってたよ、お前テキトーなこと言うな」
デザイン担当の美術部員に聞けば、これは炎が龍を食っているのではなく、炎から龍が生まれている途中を表現したものだったらしい。まぎらわしい、絶対この龍食われかけだろ。というかデザイン担当が美術部なのに、なんで作製はこんなド素人に任せちゃうんだよ。
しかしそれでもまあまあ見れたものに仕上げてしまった自分の器用貧乏さが憎い。俺はこれを誇りには思わない。今後、これを嗅ぎつけた誰かに面倒事をしょい込まされそうな気配がぷんぷんしているからだ。
「てか、サトシたちクラスの手伝いは?」
「午後から」
みゃあちゃんの疑問に、トシが飄々と嘘をつく。ほんとうはトシのシフトは午前中だ。抜け出してきているのだ。しかし、クラスメイトもそういう事態は織り込み済みというか予想の範疇内というか、トシには重大任務を与えていないので、抜けられたところで大した穴じゃない。
ちなみに俺は、委員会の見回りシフトがあるのでクラスの手伝いを免除されている。そしてその見回りは、正真正銘午後からだ。
ぷらぷらと校内を案内しながら、大坂千寿のシフトをしっかり把握している俺は、体育館にだけは近づかないように気をつける。
「ねえ、体育館って何やってんの?」
「……クソつまんない劇」
ギャルは劇とか興味ないでしょ、と思って言うけど、歩生は意外にもそれに興味を示した。
「へえ、うちの学校そういうのないから、ちょっとおもしろそう」
やめて大坂千寿が受付してるのやめて。
「行こうよ~」
「……え~、めんどい~」
「そんなめんどくさがってたら太るよ?」
「今それ関係ないっしょ」
ぐだぐだ言いながら、俺は体育館のほうになかば引っ張られるようにして歩かされている。ほんとうに行きたくないけど、でも歩生を本気で拒否して振りほどくこともできないのだ。
煮え切らない自分を呪いながら、歩生ははじめて来たこの学校を勝手知ったる我が家のように堂々と体育館を目指す。なんでそっちが体育館って知ってるの……あっ、来場者向けに簡易地図みたいな矢印が貼ってある、ジーザス。
「あれ……劇じゃないじゃん、有志バンドのライブって書いてあるけど」
あっさり嘘がばれたので、あれ、そうだっけ、なんてしらばっくれながら、劇じゃないから戻る? と一縷の望みをかけて提案してみる。
「え、いいじゃん、劇よりライブのほうが楽しそう」
「……あっそ」
もうどうにでもなあれ、という気持ちで受付のほうに向かう。出入口のところにカウンターを持った大坂千寿がいて、もうどうにかして見つからずに体育館に入ることはできないかとあがくも、やっぱり見つかる。
「あれ?」
そして最悪の展開とはこういうことを言うのかもしれない。歩生が、彼女に気がついた。
本人を前にして何か言うことはなかったけど、じろじろと見つめて、大坂千寿にものすごい存在感を植えつけてしまい、彼女がいちいち俺のカノジョの顔を覚えちゃいないとは思っているものの、気まずくなる。俺、歩生と手つないでるし。
これで好きとか言っても全然説得力ないよな……。
「ねえ、さっきカウンター持ってた子、この前ショーゴの家の外通った女の子だった。目が合った子」
「あ、……そうなんだ……」
かろうじてすっとぼけるけど、こういうときに女の勘とかいう面倒くさいやつは逃がしてくれない。
「知り合いでしょ? なんかそんな感じした」
「いや、知り合いっていうか、顔見知り程度っす」
「……なんでそういう嘘つくの?」
舞台上では有志のバンドによるマイクテストがおこなわれている。それなりに人が集まっていて、ざわめいている館内で、歩生の真剣なトーンの言葉はまったく響かなかったくせに俺の耳を貫いた。
なんで、嘘つくの。って、女の子が言ってくるとき、だいたいこのあと男がどうあがいたって、駄目だ。
「なに? 元カノとかそういうやつ? 別に隠さなくてもいいじゃん」
「いや、そういうんじゃないって」
「じゃあどういうの? 現在進行形って感じ?」
「……」
「ねえなんで黙るの?」
もう、何を言い訳しても墓穴になる。俺はそう悟って、黙ることにしたけど、それはそれで駄目だったらしい。どんどん追い詰められていく。
「もういい」
「あおっ……」
「触んじゃねえよ」
ものすごい形相で睨まれて、伸ばした手が行き場をなくして空をさまよう。出入口の扉に突進していく歩生に、これこのあと大坂千寿を巻き込んで修羅場になるんじゃ、と焦って追いかける。
「歩生」
「ついてくんな、クソ野郎」
「いって!」
扉のところで振り返ったかと思えば、全体重をかけたくらいの勢いで足を踏まれ、悶絶しているうちに、歩生は走り去ってしまった。
踏まれた左足をかばいながらよろよろと外に出ると、冷たい目をした大坂千寿が、俺より少し背が低いはずなのに俺を見下すようにして立っていた。
「……ふられたの?」
「……分かんない」
「全然かわいそうと思えない。自業自得って感じする」
「なんで?」
もしさっきのやり取りを見られていたのなら分からないでもないが、大坂千寿はたぶんずっとここに立っていたという推測はできるので、それはきっとない。だったらなぜ、自業自得だと言うのだ。
結局、目を見ることはできずにうつむきがちに、なんで、と聞く。
「だって、……」
「……」
「……いや、なんでもない」
「えっ」
不自然に会話は打ち切られ、大坂千寿は俺を放置して持ち場に戻っていった。
理由なく、傷つけられた。と思った。今までの大坂千寿の辛辣な言葉に理由があったか、と聞かれると、それは俺は理由を知らないからどうとも言えないけど、今回は彼女自身が理由がないと明言したようなものだ。それって、なんか違う。
どうしてこんなに傷ついているのか、分からなかった。
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