ちんけなおまえはかわいい
ここでこんなに真剣に歩生に対する進退を迫られるとは思わずに、とっさにうつむく。
大坂千寿への気持ちは絶対叶わない。でも、じゃあだったらほかの俺を好きだと言ってくれる女の子を使ってもいい、ってことにはならない。そんなことは分かっているんだけど。
どうすればいいの。あんなに嫌われても未練たらたらどころか興奮してる俺は、どうすればいいの。
「ていうか、俺ずっと不思議だったんだけど」
「はい」
「なんで大坂さんって、おまえのこと嫌いなの?」
「……それは」
分からない、ともごもごと言うと、トシが深々とため息をついた。そのあまりの深さと長さに、トシの呼吸が心配になってきたころ、奴は言う。
「それ、ちゃんとはっきりさせといたほうがいいんじゃねーの」
「え」
「なんで嫌われてんのかも分かんないって、大問題だろ。改善できるかもしれないし、できないかもしれない。でも理由分かんなかったら、その判断すらできないじゃん。諦められないじゃん」
だから。
俺に。
がつがつと正論をぶつけるな。
「いいんだよ、別に、理由なんか知っても一緒」
「なんでそうなる」
「あの大坂千寿にこんだけ嫌われるって、俺はもう相当のことをしたとしか思えない」
「……そうかなあ」
トシの正論右ストレートでそろそろ気持ちがノックアウトされてしまいそうだが、そうなる前に委員会初日に俺が失言したせいで彼女が広瀬さんに引かれた話をする。
そう、大坂千寿が人を嫌う、冷たい声を出すというのは、人をひとりドン引きさせるくらいの異常事態なのだ。
「……そうかなあ」
「なんでおまえそんな疑り深いの」
「だって、俺にはさ、細かい事情も大坂さんの性格もよく分かんないけどさ」
人って、そんなに聖人君子みたいになれるもんかな?
「あ?」
「大坂さんだって人間だし、嫌いな奴もいるしたぶん嫌いな食べ物もあるし、世の中のすべてを愛します、なんて無理だろ」
「まあ……そうだけど」
「嫌いな人がいる、ってのは人間として当たり前のことだし、それが発覚したからって引くほうが、俺は人としてどうかしてると思うけどな」
「……」
とっさに教室を見回して、広瀬さんの姿がないことを確認してほっとする。
トシの言っていることは全部正論で、そして理想論だ。実際に大坂千寿が聖人君子であるかないかではなく、みんながそう思っているというのが重要なんだ。
あの誰にでも優しくて頼りになる大坂千寿が人を嫌うなんて。そう思われても仕方がないくらい、彼女は完璧な人間だから。
「それに比べて俺のちんけなことと言ったら!」
「ちんけとか言うな、おまえはかわいいよ」
「え、気持ち悪」
「おい、マジなトーンで言うな」
わあわあ騒いでいると、不意に視線を感じた。ふっと顔を上げてその元をたどると、一瞬目が合ってすぐに逸らされる。
名前が分からないけど前に俺に単位やべーの、と話しかけてきた奴だ。ひょろりと背が高くて、ちょっとなよっとしてる、よく言えば優男……優男っていい意味なのかな。男子バスケ部だった、気がする。
「どした?」
「いや、うるさかったかな、見られてた」
「そうね、彰吾くんがぎゃんぎゃん騒ぐから」
「俺ひとりのせいじゃないと思う」
いいなあ、男バスと女バスって仲いいらしいし、それなりに交流とかあるんだろうな。俺もバスケ部とか入ってたら今頃、もしかしたらほんの少しくらいの交流はあったのかもなあ。
背だって即戦力になるほど高くもないけどそんな低くもないし、運動センスはまあないけど、ベンチだろうがなんだろうがどうにかなるだろう。下手だからと強制退部にはならないはずだ。
という皮算用を頭の中で捏ねていると、予鈴が鳴った。所詮、たらればのかもしれない話である。
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