二股かもしれない

「武本くん、昨日ごめんね!」

「いや……だいじょうぶ……」


 そもそも俺が昨日ひとりで門を製作していたのは、広瀬さんが体調不良で休んだからなのだ。そして、俺の途中経過を見て、彼女は目を輝かせた。


「すごい! えっ、武本くん器用だね? わたしいないほうがいいんじゃ……」

「いてほしい! すごくいてほしい!」

「なんかあったの?」


 きょとんとして目を丸くしている広瀬さんさえいれば、俺は昨日あんな失態をぶちかますこともなかったはずなんだ。そもそもひとりではなかったから大坂千寿が来ることもなかったし、そうすれば流れで告白してしまうこともなかったし願望を聞かれてしまうこともなかった。


「ひとりだから俺はあんな目に……!」

「あ、あんな目?」

「いや……昼休み打ち合わせあるらしいから……行こう」

「う、うん……」


 釈然としない表情を浮かべた広瀬さんと、空き教室に向かう。昨日の今日で大坂千寿の顔をまともに見ることができるわけはないが、特別目を合わせて会話をしなければならないことはないので、いないものとして取り扱うのが吉だ。

 幸い、教室には俺たちが一番乗りで、好きな席を陣取ることができそうだった。遠慮なく、窓際の一番後ろを取る。


「武本くん、そこ好きだよね」


 となりに座りながら、広瀬さんは首をかしげる。そういえば、席替えで今は俺の席じゃないのに、放課後トシとかと居残りしたりするときはだいたいこの席を譲ってもらっている気がする。


「そうかも」

「まあ気持ちは分かる。わたしも好き」


 そんなことを言っているうちに、続々と委員が集まってきて、その中に大坂千寿の姿も見つけて、俺は居眠りするふりでそっと顔を伏せた。視線を逸らす寸前の彼女は、まるでいつも通り、同じクラスの男子委員と談笑していた。

 簡単な当日のシフト変更などの打ち合わせが終わり、解散の合図とともに人がはけていく。

 俺も、教室に戻ってコンビニのパンをかじっているトシのもとへ向かう。トシの手前の席に腰かけ、後ろを向く。


「なあ」

「んー?」

「当日、みゃあちゃんくる?」

「来る。歩生ちゃんも来るんでしょ?」


 みゃあちゃん、というのはトシのカノジョで、本名がミヤコなのでトシがみゃあと呼んでいるらしい。最近歩生に聞いて知った。あまりのバカップルぶりにちょっと引いたけど、実際顔立ちも猫っぽいツリ目なのでまあいいか、いやよくないのか、まあいっか……、みたいな気持ちで容認している。

 歩生。そうだ、歩生も行きたいって言ってた。


「……」

「来ないの? ふたり、一緒に行く約束してるっぽいけど」

「いや、来ると思うけどさ……なんか……」


 俺の煮え切らない態度に不思議そうな顔をしていたが、ややあってトシがため息をついた。


「ああ、なるほど。ほかの女にディスられて興奮してるような状態だもんね」

「……っ」

「そもそも、好きな人いるのにカノジョつくるとか、どっちにも悪いと思わねーの?」

「トシ……正論はときに人を傷つけるんだよ」


 トシの言っていることは一個も間違ってなどいないのだけど、仕方ないだろ、不健全な悶々は溜まるんだから。それに、歩生も俺でいいみたいだし、大坂千寿は絶対俺にはなびかないんだから。


「いいじゃん、おまえマゾだし」

「俺が暴言で興奮すんのは特定の個人限定だ調子乗ってんじゃねーぞコラ」

「堂々と言える言葉じゃねーぞ」


 のほほんとした顔で正面から言い返されて言葉を失う。そうなんだけど、そうなんだけど!


「で、歩生ちゃん、どうすんの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る