俺には理解できない
降ってきた言葉と、大坂千寿の顔は、まるで真逆のことを言っていた。
不自然に歪んだ口元と、赤く染まった頬。まるで、うれしいのを隠そうとしているような。それは、俺の考えすぎなのだろうか、思い過ごしでうぬぼれなのだろうか。
「こんだけ嫌われてるんだから、あたしのこと嫌いになればいいじゃん。そういう偽善じみたところが一番嫌い」
「別に、偽善じゃ……」
「じゃあ、あたしが好きって言ったら付き合うの? 違うでしょ?」
「……」
ばかにしたような吐息でそう言われて、俺は一瞬だけ悩んだ。もし大坂千寿が俺のことを好きだと言ったら?
そんなことはありえないから、ずっと考えてこなかったけど、もしも彼女が俺を好きだと言ってくれたら、俺はどうするのだろう?
「あんたがやってることはさ、自分のことを嫌いな人まで愛してる自分がうつくしいっていう、自己陶酔なの。そういうのに使われるのは、すごくいや」
そんなこと思ってない、俺はただ純粋にきみが好きなだけだ。
そう、言い返したかったけど、結局抱かれたいとかめちゃくちゃにされたいとかメスにしてほしいとかぐずぐずにひどい言葉で甘やかされたいとか、そういうのは全然純粋じゃないなって思った。
尻もちをついた状態で後ずさると、落とした鉛筆に手が触れて、それでここがなんでもない学校の廊下で俺は文化祭の準備をしていたのだと思い出す。
「……たしかに、純粋ではないかもしれないけど。でも、好きなことに違いはないから、その気持ちまでは否定しないでほしい」
「……」
冷たい目。道端で蟻にたかられている蝉の死骸を見るような、汚いものを見るかのような目。
もっとその目で俺を射抜いてくれ。
「ばかじゃないの?」
「……」
やがて俺に浴びせられた罵倒は、これ以上ないほどに鋭利でどこにもまろやかさのないものだったのに、妙に甘ったるかった。
「そういう気持ちも迷惑だから。気持ち悪い」
背を向けて、スカートを翻して去っていく。後ろ姿はしゃんと伸びて、誰にも折られたりしない折られるほど弱くない、そんな意志をひしひしと感じさせる。
散々浴びせられた痛い言葉たちに、俺は、スカートの中身を見ても無反応だった自分の中心がしっかりと熱を持って鎌首をもたげているのを、自覚していた。ちょっとあぐらをかいていた膝を持ち上げてごまかしてみる。
「彰吾?」
「っ」
大坂千寿の去った方角をじっと見つめていると、いきなりトシがやってきた。
「すげー。まじめにやってんじゃん。今日くらいさぼってもよくね? 帰らん?」
「……俺今動けなくて」
「は? ……おまえ、なんで、え、なんで」
男だから、男の動けない事情を敏感に察したらしいトシは、動揺しつつちょっと引きながら理由を聞いてくる。
「……大坂さんに、すげえ、ぼろくそ言われて……」
「…………」
「なんか、すげえ、興奮しちゃって……」
顔を真っ赤にして汗だくになりながらうつむいて必死で言い訳する。
「大坂さんの虫の死骸見るみたいな目つきとか、ほんとにやばいから、トシもあの目で見られたら分かるって! それにあの声でばかとかキモイとか言われたらたつでしょ、ふつう! なんか腰に響くっていうか、言葉のひとつひとつの重量感っていうかマジ具合っつうの? ほんとにめちゃくちゃに抱かれたい…………」
言い訳の途中でトシが妙に静かになっていることに気づいて、さすがにドン引きされたかと思って顔を上げる。
「……」
「言い忘れたことがあって戻ってきたんだけど」
終わった。俺の淡い恋が終わった。
こめかみと目尻をひくりと痙攣させている大坂千寿と、何とも言えない表情で突っ立っているトシ。
「明日の昼休みに委員会の打ち合わせあるから、二階の突き当たりの空き教室に来て」
これといった罵声もなく、淡々と用件のみを告げ、彼女は再び去っていく。
ただ、とびきり尖った冷たい視線を刺していくのだけは忘れずに。
「……」
「……」
「……」
「……なんつうか、おまえが筋金入りの変態だってのは分かったよ」
なんの慰めにもならないトシの言葉を聞きながら、膝に顔を埋める。廊下には下校を告げるチャイムが鳴り響いていた。
◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます