不用意な告白

 文化祭の準備はまあまあ、大きな障害も事件もなく進んでいた。幸い、似たような企画を持ってくるクラスもなかったからバトルする必要もなかったし、委員会初日に俺が大坂千寿と言い争いのようなものをしたおかげで、係や当日の見回りの仕事などのシフトを一緒にされることもなかった。

 俺のクラスは中庭で焼きそばの屋台をやることになって、大坂千寿のクラスは射的ゲームで駄菓子が当たる、という出し物になった。

 あぐらをかいて、校門に飾る文化祭の門に使うベニヤ板に下地を塗りながら、軍手をはめた手で頬を掻く。


「やってらんねえ……」


 なんで俺がこんなふうに、学校行事に貢献しなければならないのだ。ばかばかしい。

 しかし根がまじめなもので(トシに笑いながら回し蹴りされそう)、仕事を任されたからにはきちんとこなしてしまう自分がいる。

 しこしことベニヤ板を白く塗りたくりながら、深々と詰めていた息を吐き出す。


「ショーゴ! お疲れ~」

「おう、気をつけて帰ってね~」


 放課後なのに帰ることを許されない俺は、悠々と帰宅するギャルたちのまぶしい笑顔に笑顔を返して手を振る。

 今、俺は自分だけ残業して家に帰れない世のお父さんたちの気持ちが分かっている気がしている。真っ白になったベニヤ板を睨みつけ、足蹴にしたくなる気持ちをこらえてデザイン図を広げた。


「こういうの、絵心ある奴がやったほうがいいと思うんだよなあ」


 なんだかよく分からない、炎をかたどった赤とオレンジのモチーフが龍を食べている図。誰だよこんなクソみたいに面倒くさい図案考えたの。

 このあと、白く塗ったベニヤ板にこのデザインを書き写さなければならないのだ。こういうのは絵心がある奴がやったほうがいいと思うんだよなあ!


「こんな大役俺に任せて、当日どうなっても知らんぞ……」


 ぶつくさ言いながら、乾いた場所から鉛筆で図案を描き写していく。文句を言っているわりには小手先でなんかそれっぽくできてしまうのが問題だ。こういうのが中途半端でもできると思われたら次からはもっとレベルの高いことを要求されそう。

 黙々と描いていると、ふと白いベニヤ板に影が差した。


「……?」


 俺の背後で立ち止まり、かつ何のアクションも起こさない、という違和感に振り返ると、そこには仁王立ちした大坂千寿がいた。あまりの驚きに鉛筆を取り落とす。


「なっ、なっ、なに、なに……」

「体育館の飾りつけしてたんだけど、もしかしてひとりなのかと思って」


 すっごく意訳すると、俺のことが心配になってわざわざ持ち場を抜けてきてくれた……というようにも聞こえるが、たぶんそうじゃないだろう。


「勝手なことされて門がめちゃくちゃになってたら困るし」


 ほらね、俺のぬか喜びだった。あらぬ嫌疑をかけられていることに落ち込む。


「って思ったけど、ちゃんとやってるし意外とじょうず」

「……そ、そうかな……でも」

「あのさ」


 俺の言葉をさえぎって、大坂千寿が硬い声を出した。口をつぐみ、あのさ、に続く言葉を待つ。が、待てども待てども続きは紡がれない。不思議に思って視線を上げて彼女を見上げると、不機嫌そうな顔をしていた。すぐに顎を引いて目線を下向かせる。


「それ」

「え?」

「なんでそんなあたしにびくびくしてるの?」

「……」


 なんで、とこうも正面切って問われると、答えづらいものがあった。湿った視線を向ければ、まっすぐな曇りのない強い目が見つめ返してくる。


「…………から」

「え? 聞こえないんだけど」

「俺……大坂さんのこと、……好きだから」


 顔が、じわ、なんてかわいいものじゃなく急速に熱くなっていくのを感じた。か細い、溶けるような声だったけど、大坂千寿にはきっと伝わってしまった。目を丸くして固まっている。

 今すぐ穴を掘って埋まりたくなって腕で顔を覆ってあぐらの体勢のまま小さく縮こまっていると、頭上から小さなため息が落ちてきた。おそるおそる、視線だけを上向かせる。


「そういうところが嫌いなの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る