何か起こるぞ文化祭
「なんで俺がこんなことを……」
九月がはじまってわりとすぐ、文化祭が動き出した。
各クラスで準備委員とやらを男女ひとりずつ捻出しなければならないらしく、いつの間にか俺がそれになっていた。なんでこんな万年さぼり魔をそんな重要っぽいポジションに据え置いてしまったのだ、うちのクラスは大丈夫か。
ぶつぶつ文句を言うが、たぶんみんな面倒くさい役割を俺に押しつけたかっただけなのだ、誰も代わってはくれない。腹いせに、にやにや笑っているトシの椅子を蹴飛ばして、同じ委員になった
「なんで俺がこんなことを……」
もう一度呟くと、彼女がくすくす笑いながら言う。
「わたし去年も委員だったんだけど、この仕事ってけっこう押しが強いほうが勝つっていうか、同じような企画を二クラスが持ってきたら、うまくプレゼンしたほうが勝ちっていうか、そんな感じでさ、武本くん、ぴったりだと思うな」
「俺が? なんで?」
今の話を聞いたあとで、ますます分からない。なんでそのような頭脳がものを言いそうな仕事が俺に回ってくるのだ。
「だって武本くん、人たらしっぽいし」
「は……」
たらし、って、女たらしのたらし?
俺がますます疑問に思っているうちに、空き教室に到着し、ドアをスライドさせる。そして俺はすぐさま背を向けて走り出したくなった。
数名集まっている委員の顔ぶれに、大坂千寿の姿があったのだ。
「俺帰りたい……」
「何言ってるの? もう着いたよ」
笑いながら、あろうことか広瀬さんは大坂千寿のほうに近づいていく。
「千寿も委員になったんだね~」
「うん、よろしくね」
どうやら一年生のときに同じクラスだったようだ。にこやかに話し出すふたりのそばで、俺は黒板のほうを見て固まっていた。
心臓が警告音のような高鳴り方をしている。やばい、と本能が告げている。こんなに近くに存在があって、喋っている、動いている。
少し見るだけ、ほんの少し横目で睨むようにするだけ。そう思って、ほんのわずかに視線を横に向けた。
「!」
なぜ。
はっと目が合う。驚くほどに澄んだ焦げ茶色の意志の強そうな、串刺し、そんな言葉が似合う、見つめたものを動けなくさせる力を持った視線。
いつものように逸らすことができなかった。
「家、誰もいないのかもしれないけど」
俺に話しかけているのだと、二度まばたきして気がついた。慌てて、何を言われたのかほとんど聞き流していた数秒前の記憶を拾い集めてかたちにする。
「ばかみたいに女の子連れ込むのやめたら? けっこうしょっちゅう相手も変わるみたいだし、節操なさすぎ」
「…………」
この間歩生が、目が合った、と言っていたのを思い出す。偶然ではなく、故意に彼女はマンションの俺の家のほうを見ていたのだろうか。
何も言い返せずに黙っていると、大坂千寿はため息をついた。
「聞いてるの?」
「……うん……」
「別にあたしに関係ないけど、相手の女の子がかわいそうだよ」
そうなんだろうか。歩生は、今まで俺が軽い気持ちで付き合ったり手を出したりした子は、かわいそうなんだろうか。
彼女たちは最終的に自分で選んで俺と一緒にいることを望むのに。
「そうかな……」
「え?」
「だって、強要したわけじゃないし、俺が口説いたわけでもないし」
どうしても声が小さく尻すぼみになってしまう。もごもごと口の中で言葉を転がすようにしゃべると、案の定彼女はいらだったように眉を寄せた。
「なに? 聞こえるようにはっきりしゃべってくれない?」
ほんとうに聞こえなかったのか、それとも聞こえていたけどあえてなにと聞くのかは定かでないけど、俺はもうなかばやけくそになって叫ぶように喉を軋ませた。
「大坂さんに関係ないだろ! 嫌いならほっといてくれよ!」
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