残暑残暑と言いますが

 夏休みが終わる頃にはもう、俺と歩生ちゃんは付き合って一ヶ月が経っていたし、性格の相性も身体の相性もまあまあいいみたいだった。俺は、彼女のことを歩生と呼んでいる。

 俺の家は、朝から晩まで仕事の父親と、昼間はパートに出かけている母親と、大学生活を謳歌しすぎてあんまり家に帰ってこない姉ちゃんしかいない。つまり、昼間はだいたい誰もいない。連れ込み放題なのである。


「あっつい」

「くっつかないで、俺まで暑い」


 途中にあるコンビニでゴムとアイスを買って、家までの道をだらだらと残暑に背筋を焼かれながら歩く。最寄り駅から徒歩十五分のところにあるマンションの三階までエレベーターを使って昇り、部屋のドアを開ける。誰もいないのだから当たり前だけど、閉め切られた部屋はむわっと熱気がこもっている。


「クーラー……」

「はいはい、今入れます~」


 エアコンの電源を入れて、一息つく。冷蔵庫に首を突っ込んで、麦茶のペットボトルからふたつのコップにそそぐ。すぐに汗をかきはじめたコップを出すと、奪うように受け取って飲み始める。


「あー、生き返った……!」

「九月なのにこんなあちぃの、やってらんないっすわ……」


 秋とは名ばかりの暑さをふたりで嘆きながら、俺の部屋に移動する。部屋に入ってドアを閉め、エアコンをつける。


「着替えていい? ズボンが貼りつく」

「わ~いショーゴの生着替え~」

「えっち!」


 わいわい騒ぎながら、ストリップする。パンツ一丁になって歩生に背を向けてTシャツを探していると、ぎゃっと声を上げた。


「なに?」

「や、今さあ、窓の外見てたんだけど、通りすがった人とめっちゃ目合った」

「何それうける」

「ショーゴの学校の制服着てたし、知り合いかもね」


 クロゼットをあさる手が止まる。

 この辺で俺と同じ高校に行ってるやつなんてそうそう多くない。


「男? 女?」

「女の子」


 確定。大坂千寿だ。それ以上の深追いはやめて、俺は着替えを断行する。というか、俺のストリップショー見てなかったのかよ、歩生。


「ねえ、知り合い? 黒髪ボブのキレイ系だったけど」

「さあ……」


 こちらが追わなくても、歩生のほうが追いかけてくる。さあ、なんて曖昧な答え方をしたせいなのか、食い下がってきた。


「なんか知り合いっぽい」

「知らないって。この辺もけっこう広いし」

「ふうん……」


 まだちょっと疑っているような、そんな相槌の雰囲気だった。女の勘というのはばかにできないけど、今ここでそんなの発揮しても何にもならないんだけどな。

 結局その日、歩生は俺の本棚にあった読みかけの漫画を読破して、スマホのゲームで対戦して俺が大負けして、そんなことしてじゃれついているうちに、コンビニで買ったゴムをしっかり使って、帰っていった。

 駅まで送った帰り道、まだ暑いアスファルトをぺたぺたとサンダルの音を響かせながら歩いていると、前方から着替えた大坂千寿が歩いてくるのが見えた。

 向こうがまだ俺に気づいていない様子なのをいいことに、急いで角を曲がって鉢合わせを避ける。死角から、彼女が駅に向かって歩いていくのをじっと見つめる。

 歩く姿も、しゃんとしてかっこいい。


「はあ……」


 遠くから見つめるしかできないって、俺は人気者の先輩に恋した女子かよ……。

 トシが言うまでもなく、自分の度胸のなさにため息が出る。トシには、現状を打破する気がない、という内容のことをかっこよく装飾して言った気がするけど、結局のところ勇気が出ないだけだ。

 大坂千寿に、メスにしてほしい願望を伝えられない。そんな弱虫なのだ。


 ◆

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