馬鹿でも腹を探り合う

 高校生のデートはファミレスかマック、行ってスタバかかわいいパンケーキが食える店。社会人じゃあるまいし、わざわざちゃんとしたレストランに入ることはない。ましてや今日はじめて会うような子ならなおさら。


「ショーゴくんて、頭いいんだ? だって北高だもんね?」

「いや~トシと友達な時点でもうやばいっしょ」

「あはは! サトシくんに言っちゃお~」


 和気あいあいと笑いながらも、お互いがお互いを探り合っている。俺は主に、この子とあとどれくらいでやれるのか、ということを。彼女はきっと主に、こいつはやっても大丈夫な奴なのか、ということを。

 放課後のマックは俺たちみたいな学生が主でがやがやとうるさい。そんな中でいつもより少しだけ声を張り上げながらの腹の探り合いほどこっけいでおかしなものはない。

 ときどきむなしくなる。こんなに心が震えるほどに好きな人がいるのに、俺はいったい何をしているんだろうって。でも、それはほんの一瞬で、すぐあとには大坂千寿の、風呂場で見つけた誰かの絆創膏を見るような目が俺を正気に戻す。

 どうがんばったって大坂千寿がこちらを見ることがないのなら、努力したって無駄なのだ。嫌われている、それはつまり無関心ではないのだからまだましだと、自分を慰める。

 嫌いは好きの裏返しとか、いやよいやよも好きのうちとか、そんなのは嫌われたほうが考え出した自己防衛に違いないのだ。

 嫌いが好きになることなんて、現実ではそうそうあることじゃない。それが激しい憎悪ならなおさら。


「なんかさあ」


 トシのカノジョの友達……歩生あおいちゃんが、ふと会話の途中でしみじみと口を開いた。


「ほんとは、あんま今日乗り気じゃなかったんだよね」

「え、そうなの?」


 それは意外な告白だった。だって、興味があると言ったのは、トシの話では歩生ちゃんのほうらしいし、ラインでも、けっこう盛り上がっていたような気がしたから。文字って意外と分からないものだな。

 片頬杖をついて、歩生ちゃんは俺のほうを見て情けなく笑う。眉尻と目尻をたらっと下げて、口角は上がっているのに真ん中あたりは尖ってW字みたいになった唇で。


「だっていくら親友のカレシって言ってもさ、そんなに接点なかったし何回かしゃべったくらいで、その人の友達がイケメンだよって言われても、ねえ?」

「そっかあ……たしかに、俺もトシのカノジョのことよく知らないわ……」

「だから、ラインでけっこうテンション高くなって会おうってなって、今日までちょっとびくびくしてた。ヤリ目のゲスだったらどうしようって」


 ヤリ目のゲスなんですけどそのへんは歩生ちゃんの中でどう処理されているんだろう。


「でもさあ、ショーゴくんって、けっこういい人っていうか、なんだろう、いい感じだよね」


 たぶん、歩生ちゃんは、俺のことを話題に出されてノリで「いいね」とか親指立てちゃったりしたせいで、勝手にトシとカノジョに「彰吾のこと気に入ったんじゃないの」と認定を受けあれよあれよという間に俺と連絡先を交換する羽目になったんだろうな。

 トシってそういうところ、ある。

 自分が、いい感じのいい人であるかどうかはさておき、そう思われているというのは悪い気分ではない。

 明るい肩につくくらいの茶髪をおしゃれな感じの三つ編みポニーテールにして、目元の化粧はちょっとだけ濃い。でも、ありがちに頬がばかみたいにピンク色に塗りたくられていないし、唇も真っ赤じゃない。身長はたぶん俺より十センチくらい低くて、肉づきが悪いというより元の骨が細いような痩せかたをしていて、鎖骨には水が溜まりそうだ。でも巨乳。どういうことなんだ。

 そんな歩生ちゃんは、相変わらず頬杖をついてアンニュイな感じで俺を斜めに見ている。


「写真写りがいいだけの雰囲気イケメンだったらどうしようって思ったけど、ふつうにイケメンだし」


 結局そこかよ。

 女も男も、清潔感があって人並みの顔をしていれば、安全、だと思う節がある……よな。

 いかにも不潔で身なりに構わない奴がモテないのは当たり前だ。人間、髪型をどうにかして清潔感があって身振り手振りが不自然でなければ、だいたいうまくいく。

 詐欺師はだいたいきれいな顔をしている、みたいな法則、どこかに転がっていないだろうか。

 なぜここでたとえが詐欺師かって。俺はたぶんこの子をだましているからだ。


「まあ、なんか、よく分かんないけど、俺たち仲良くしようよ」

「うん、また遊ぼう」


 これが社交辞令なのか本心からの言葉なのか、俺には分からないけど。

 また遊ぼう、と言ってにっこり笑った歩生ちゃんの口元には、尖った八重歯が覗いていた。


 ◆

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