けしからん食い込み

 なぜか分からないけど、理科室を出てすぐの廊下はちょっとほかの場所より温度が低い。なので、だらしなくそのひんやりとした床を味わうために寝転んでまどろむ。

 理科室は教室のある棟とは別棟で、音楽室や美術室など特別な設備が必要な教室と同じ建物にある。でも、音楽室の前も美術室の前も特に涼しいわけではないのに、理科室の前だけがひんやりしている。

 脛までまくった制服のスラックスから覗いた肌が床にじかに当たり、腰が浮くほどの冷たさを一瞬感じてでもすぐに体温でぬくもっていく。


「はー……」


 今日はため息ばかりだ。

 理由はたぶん、あほみたいに晴れて暑いからじゃない。今日はまだ、となりのクラスの大坂千寿を一度も見ていないからだと思う。

 自分の腕を組んで枕にして、あおむけになって目を閉じる。世界と自分が切り離されたような、分かりやすい静けさ。

 その静かな空間を裂くように、誰かがぱたぱたと駆けてくる音が遠くのほうから響いた。

 こちらに、どんどん近づいてきているのは分かるけど、目を開けるほどの刺激にはならなくて、この誰かが寝転んでいる俺を見つけてもどうでもいいやと思って眠ったふりをする。

 うとうとしていると、足音の主はどんどん近づいてきて、最終的にたしかな気配とともに俺の目の前で止まった。あからさまにうっとうしそうなため息が上から降りそそぐ。


「こんなとこで寝られたら邪魔なんだけどな……」


 その声に、俺は思わず眉をぴくりと反応させてしまった。声の主はドアの前に寝転んでいる俺を越えて理科室に入りたいようで、鍵穴に鍵を挿し込む音がする。目を開ける。


「……!」


 目の前に広がっていたのは、魅惑のスカートの中身。声の主は、邪魔な俺を跨いで鍵を開けているようだ。

 紺色のスパッツ。そこからほっそりと伸びる白い足。あまりにもきわどい、ほんのわずかずり上がって食い込む一部丈。

 動くに動けず、どうすることもできないでただただ秘密の花園を凝視する。まばたきすら忘れて見入っていると、何かで鼻の下がぬるりと濡れた。

 そこでドアが開き、大坂千寿は理科室に入っていく。俺は、即座に起き上がり鼻の下をさわる。指を見ると、血がついている。鼻血……。


「え、だっさ」


 好きな子のスカートの中身見ただけで鼻血出すってどれだけ軟弱な脳みそなのだ。

 そそくさとその場を立ち去ることにする。大坂千寿が出てきたときに俺がここにいるといろいろと面倒なことが起こる気がしたので。

 一番近いトイレの個室に入って鼻をトイレットペーパーで拭って栓をしながら、下半身に目をやる。


「たってない……」


 好きな子のラッキースケベのあとで、セーフなのかアウトなのかよく分からないけど、とりあえず助かった。

 教室に戻ると、そろそろ昼休みが終わろうとしているところだった。トシが俺の鼻に詰まったトイレットペーパーを見て笑う。


「何、鼻血?」

「……あいつのスパッツを見てしまった」

「は?」


 ことの顛末を語ると、トシが大まじめな顔で言う。


「パンツならともかくスパッツで鼻血ってあほすぎん?」

「スパッツはほぼ下着だろ!」

「冷静になれ、スパッツはスパッツだ」


 こいつは全然分かってない。好きな子のスパッツはほぼ下着だ。しかもあの食い込み具合のいやらしさと言ったらなかった。むしろパンツよりやらしいわ。

 あんなのを見せられてこのあとまともに違う女の子とデートできる気がしない。するけど。


「するんかい」

「そりゃするだろ」


 ◆

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