女の友情男の友情

 俺が教室にいるのは珍しいらしい。入れ替わり立ち代わり、男女問わず、物珍しそうな目で見ては、話しかけてくる奴もいる。


「武本、やっぱ単位やべーの?」


 語尾に、かっこわらい、がつきそうな砕けた調子で話しかけてくるクラスメイトの名前を、俺はまだ知らない。だって、散々さぼった。夏休み前なのにもう単位がやばくなる程度にはさぼった。クラスメイトの名前なんか、トシのものくらいしかフルネームで言えない。


「俺の名前フルで言えんの?」

「……昼休みまだかな」

「おいコラ」


 トシオくんだっけ。


「いやトシしか合ってねーし? 猪澤智いのさわさとしです? みたいな?」

「なんだよトシのくせにやけにかっけー名前だな」

「この無礼者」


 窓際の自分の席で、片肘で頬杖をついて窓の外を見ている。突き抜けるような梅雨明けの、食べたら蝉みたいな味がするんだろうなって感じの真っ青をした空を見て、ため息をつく。

 トシのカノジョの友達と、今日会うことになっている。すでに連絡先はカノジョを通じて交換済みで、けっこう連絡を取り合って、それで会おうよってなって。要は、ラインのやり取りで「気が合った」んだと思う。

 でもたぶんそう思ってんのって、向こうだけだ。

 だって俺は「あ、こいつ馬鹿そう。ちょろくやれそう」としか思わなかったから。実際学力で差別するわけじゃないけど、トシのカノジョってけっこう底辺の学校に通ってて、今日会う子も同じ学校で、俺がトシと同じ学校の男だって知った途端露骨に文章にウキウキ感が出てて、結局ギャルは頭も股も緩いなって思った。

 うちの学校は、秀才とあほの振り幅がけっこうでかくて、女の子を見ると、まじめちゃんもいるしギャルもいるって感じだけど、やっぱり処女率は絶対まじめちゃんのほうが高いと思う。

 ただ、股が緩いのが悪いとか言ってるんじゃない。俺としては、まじめちゃんのほうがある意味ちょろいと感じることもあるし。

 まあとにかく御託は置いておいて、だ。今日会う彼女は二回会ったらやれる。間違いない。


「あのさ~、一応俺のカノジョの友達だから丁重に扱ってよ~?」

「ギャルって、股緩いけどちゃんと自分でやる相手選んでるから大丈夫だよ」

「そうなの?」

「うん。頭も緩いけどさ、あいつらちゃんと考えてんの。あ、こいつとは無理、って相手とはどんなにうまいこと迫られてもやんないの。ていうか迫らせる時点でちょっとはまあいっかって思ってんの。その点まじめちゃんは……」

「全日本の女に一回ずつ刺されろ」


 なんかそんな小説あったな。登場人物全員が加害者で、被害者をみんなで一回ずつ刺してるってやつ。なんだっけ。


「知らんけどさおまえほんと、女舐めてっとそのうちマジ刺されるよ?」

「舐めてないよ。俺も頭緩いけどちゃんと相手選んでるし」


 自分の指の爪先を眺めて、もしかして、と思う。

 もしかして、俺が「ちょろくやれそう」と思ったのと同様に、向こうも俺を「ちょろくやれそう」と思った可能性もなきにしもあらずだよな、と。

 だって、俺の学校は進学校だけどラインの内容はあほ丸出しで、知性のかけらも感じたはずがないし、学力はともかく向こうは俺を同類だと感じ取ったに違いないからだ。


「まあどうでもいいや、やれれば」

「だからあ、おまえが、ちょろくやれそう! って思ってるの一応俺のカノジョの友達だから!」


 ちょろくやれそう、のところだけ声をひっくり返すせいで、教室中にそのゲスな発言が響いてしまう。


「てか、さっきから一応ってなんだよ。間違いなくカノジョの友達だろ」

「いや、女の友情って信用ならなくない?」

「おまえ、俺よりひどいこと言ってると思う」


 それで言ったら男の友情なんてもっと信用ならない。というかもう友情なんて信用ならなくなってしまう。

 女の友情は、親しいことを安売りするもので、男の友情は親しいことを隠すものだと思っている。SNSでやたら親しげなツーショットを上げてアピールする女の子たちと、それを馬鹿らしいと笑ってネタ写真を投稿する男と、何が違うというのだ。

 正直なところどっちもどうでもいい。


「……で、まあそれはいいとして、なんで彰吾はため息ついてたの」

「いや別に……このあほみたいな快晴を見てたらため息もつきたくなりますわ」


 暑いし。俺はどっちかと言うと冬派だ。

 あと、女の子が厚着をしているのがすごく好きなので、冬派だ。夏は下着同然の服を着ている女の子が多くて逆に萎える。


 ◆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る