第12話 幻影談義

 放課後、部室の黒板側に立った古泉を前に全員が机に座っている。古泉が謎解きをやるとかで長くなりそうだから、お茶も各人の前にある。俺も少しばかり話がある。

 準備が整ったと判断した古泉は北高の航空写真をハルヒの前に置いた。ちょうど正面玄関と正門を拡大している。

「犯人が分かったの?」

 いきなり答えに飛びつくなって。

「目撃した霧状の人型について、解答が得られたと考えます」

 古泉は俺たちが目撃した地点にペンで印を付けた。

「この地点で我々は目撃しました。ここであの夜の天候を思い起こしてください。無風状態で夜空は雲一つなく、全天で星が鮮やかに見えていました。校庭で走っている間もひどく寒かったですよね?」

「ひょっとして? 放射冷却現象?」

「その通り。さすがは涼宮さんですね。秋から冬にかけての晴れ渡った夜、地表付近の気温が急激に低下して空気中の水蒸気が凝結して霧が発生します」

「でも動いて見えたし人の形をしていたわ」

「我々が放課後に特訓していることは全校に知れ渡っています」

 別に驚くことじゃない。国木田も既に知っていたし、最近はほかの生徒もハルヒが何かをしでかすのを期待する声すらあるくらいだ。


「天気予報では、気温が急低下することは予想されていました。犯人にとって絶好の条件だったのです。発生した霧にプロジェクターで投影するだけで霧の幽霊のできあがり、というわけです」

 それ、おかしくないか。それだとプロジェクターの位置が光条の向きですぐに分かるし、あのときそんな機械は現地になかったぞ。

「放射冷却現象では水蒸気は地表面近くで凝結します。ですので地表からある程度の距離があれば光源の位置の特定は難しいでしょう。ですがたった一カ所だけ……」

 ハルヒは改めて航空写真を眺めている。

「もしかして渡り廊下じゃない?」

「そうです。正門からでもなく、正面玄関のある校舎の屋上からでもありません。投射に最適な場所はここ一カ所だけ。しかもこれほど強力なLEDプロジェクターを扱える者といえば」

「わかった! 映画研究部ね? あいつらまだ根に持っていたのね」

 ハルヒの映画のおかげで、文化祭では映研の連中は上映場所と時間を追われて、ほとんど日の目を見ず、映研の部長は激怒していたらしい。その復讐として……。

 良くできた話だ。古泉のエセ説得力を持ってすれば大抵の人間は信じるだろう。たぶん、生徒会経由でそれっぽい証拠――プロジェクターの貸し出し記録とか――が捏造ねつぞうされているはずだ。偽りの過去を現在に無理やり接合しようとした超常現象をハルヒに告げる必要はない。


 ハルヒは腕を組んだまま黙っていたが、

「上等だわ。今年の文化祭はあたしの映画で上映時間を全部占拠してやるわ。……で、キョン、あんたの話って何なの」

 俺は古泉から文芸誌第一巻の原本と、第二巻は放課後になってすぐにハルヒから入手していた。

「これを見てくれ」

 俺は古い文芸誌を開いたまま縦に机に置いた。そして裏表紙を慎重に歪曲する。と、ぺりっと乾いた音とともに裏表紙が封筒のように開いた。

 中からすっかり茶色に変色した紙切れを取り出す。

 そこには――。

 “198X年 県立北高校文芸部創作 Seeing is believing百聞は一見にしかず

 とだけ書いてあった。二冊目も同じ文章だ。


「まさか、これって」

「北高の最初の二年目は文芸部がなかったそうだ。なんでだろうといろいろやってみたらこれが出てきた」

「あたし、ひょっとしてだまされてたの?」

「ま、そういうことかな」

「じゃあ、タイムカプセルとかは?」

「もちろんあるわけ無いだろう」

「やられた! このあたしとしたことが……」

 しばらく唖然としていたハルヒだったが、突然、にやりと笑った。

「じゃ当然、あたしたちも先輩たちにならわないとね」

「何をだ」

「三年になったら今度こそ本当にタイムカプセルを埋めるの。未来の自分たちに向けてね」

「それに何の意味があるんだよ」

「だーかーら、年を取ったら忘れちゃうかも知れないじゃない? 真実の記録を残しておきたいの」

 となると、二年になってまた文芸誌を書かなきゃならんのか?

「あったり前じゃない! さあ、忙しくなってくるわよ。二年になったら映画も文芸誌もやるし、あのガセの文芸誌だって書いた人が高校生活で本当にやりたかったことを書いたんじゃない? だったらあたしたちがやってあげればいいのよ!」

 はっとして俺は手を伸ばしたが、一瞬ハルヒのほうが早かった。取り上げた文芸誌を高々と頭上に挙げて満面の笑みを浮かべる。

「この本はSOS団がこれからやるべきことのリストだわ。去年の夏みたいにね。あたしたちはこれ以上のことをやらなきゃならないのよ。きっとそうだわ!」

 思わず視線を絡ませてしまった俺と古泉だが、肩をすくめた古泉は、心の中でぼやいているに違いない。


 ……ま、いいか。結局、あの先輩の書いた偽造日誌は俺たちの手で実現する事になる。してみると俺たちの行動やストーリーは結果的にあの先輩が書いたと言えなくもない。


 それでいいんだろうね。 

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