第11話 幽霊部活
存在しない、だって?
俺は確かにあの古ぼけた文芸誌を読んだ。一冊どころか創立二年目、つまり二年生になった第一期生がつくった文芸誌もあるんだ。文芸部が存在しないはずがない。
「探索団の始末記という名前なんで、文芸誌として扱われていないのかも」
突然、目の前に座っていた先輩は笑い出した。品のいい良く通る声だ。実に気持ちよさそうに笑っている。
「まさか未来人がやってきたと思ったら。あれを探しに来たとは。ははは」
ひとしきり笑った後、先輩は机の引き出しから冊子を取り出す。
「君の探しているのはひょっとしてこれかい?」
俺はいそいでページを繰った。まちがいない。誌面こそ新しいが中身はあの文芸誌だ。
「ここにあるじゃないですか」
「だが当時文芸部は存在しなかった」
「そんなことって……」
「あるのさ。これは今年度の文芸部の創作によるものだ」
唖然とする俺に先輩はゆっくり話しかけてくる。
「毎年、文芸部は少なくとも一冊の文芸誌を欠かさず出してきた。でも北高が始まって最初の二年が空いたままになっているので、空隙を埋めるために創作したのさ。まあお遊びみたいなものだけど、こうして君が騙されてくれたわけだ。実に欣快至極だね」
と最後は中学で同窓だった佐々木みたいな口ぶりになった。
「じゃあ、ここに書かれている出来事は全部……」
「もちろん僕と三年の先輩が作った創作だよ。完成版はそれらしく電子レンジと酢酸で劣化処理してから図書室に潜り込ませておく予定だ」
俺は椅子の背もたれに寄りかかって盛大に溜息を吐いた。全てがガセネタだったとは。
「もくろみ通り後輩をすくなくとも一人は騙せたわけだ。でも、ここに来たのはそれだけが目的じゃないだろう?」
「いや、そうなんですよ。この本を本気で信じちまったハタ迷惑なヤツがいて、なんとか元に戻そうとその証拠を……」
「文芸誌の裏表紙をよく見て」
俺は裏表紙を開いた。なんとなく表表紙より厚みがある。まさか……。裏表紙を少し湾曲させてみると、裏表紙が袋状に開いた。ちょうど封書のようになっている。中から出てきたのは一枚の紙片だった。
「そこに今年の年次が書いてあるだろ。注意深い人間ならすぐに分かると思ったんだが」
古泉も分析したと言っていたが、文字データだけに気を取られてこのトリックには気がつかなかったらしい。
たぶん未来に戻っても同じ仕組みに違いない。これを見せれば、ハルヒの思い込みは解消されるんじゃないか。
「文芸誌の内容も全部、二人で書いたんですか」
「設定と人物像はほとんど僕だけどね。結構楽しかったよ。存在しない探索団の心躍る冒険譚なんだから」
「なんか俺たちの集まりとよく似ているんですよ」
「もしかして、君の時代の文芸部も女の子が部長なの」
「文芸部とは名ばかりで、ここに書かれたようなことばかりやってますよ」
「もしかすると、その子は僕の文芸誌を君より先に読んでいたのかも知れないね」
「それはどうか分からないんですが、目的を達した以上、俺がここにいる時間もあまりないみたいです」
「傘、貸そうか」
「未来に持ってちゃいますよ。それに校外に出る必要もないでしょう。たぶん。自分でコントロールできないもんで」
「君、名前はなんて言うの」
俺は自分の本名を教えてやり、先輩も教えてくれた。なじみやすい少し珍しい名前だ。あるいはペンネームかも知れないが。ついで朝比奈さんと長門を紹介する。俺に名前を呼ばれた朝比奈さんはわたわたと立ち上がり、
「よ、よろしくお願いしますっ!」
と裏返った声で言い、つづけて長門は黙ったままこくりと頭を動かした。
「ふたりともいいキャラしてるね」
先輩はそれだけ言ってほほえみを浮かべた。なぜか朝比奈さんは真っ赤になっている。
やがて俺の方に目を合わせる。そろそろ戻らないといけないみたいだ。
「未来人くん。またまた合うことはあるのかな」
「きっと会えます。必ず」
「どうやったら会えるのかな」
「あなたが来てくださればきっと」
俺の代わりに朝比奈さんが妙に強い口調で行った。
先輩は何も言わず笑みを返しただけで、それ以上しつこく訊くこともなかった。俺にもこんな先輩がいたらと思わずにはいられない。俺よりずっと大人の態度だ。
朝比奈さんは先輩に深々と頭を下げてから俺と一緒に廊下に出た。長門はいつも通りに静かに俺たちの後を付いてくる。
部室棟と新校舎を結ぶ渡り廊下に出る。雨が路面にしぶきを上げていて、とても正門までは行く気になれない。振り返ると中庭の常備灯の光がかろうじて朝比奈さんの顔を照らしている。
「こんなんでよかったんですか」
「ええ。あたしたちの考えている以上に。キョン君ありがとう。これであたしたちは真の意味で存在することが出来るの。あの人はキョン君にとってもとても大切な人よ」
ささやくような朝比奈さんの声が遠くなる。
そこから先はいつもの眩暈が続いて、はっきりしない。長門も俺の手を握っていた感触があったから一緒だったんだろう。
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