第6話 寒風談話


「おまえらしくないな」

 コートを着た俺と古泉は校舎裏の野外テーブルの前にいた。

 去年の五月、古泉が超能力者であることを明かしたあの場所だ。寒い時期にここに来るやつはいない。今日みたいにクソ寒い日はなおさらだろう。

 椅子が冷たいので表面がささくれたテーブルに二人して寄りかかりながら、自販機で買ったホットコーヒーをすする。古泉はブラック、俺はこってりクリームと砂糖が入ったやつだ。今日の悪天候にもかかわらず午後の体育は持久走で、俺は失われたカロリーを少しばかり補給したかったのだ。


「うかつでした。制作した生徒たちが進級してさらにもう一冊作る可能性を失念していました。図書室にはなかったので、てっきりあの号の翌年は欠番なのかと」

 本当に古泉らしくない。ハルヒの持っていたほうは生徒会長が持ってきた文芸誌の中に紛れていたに違いない。

 最古の号はここにあるが、次巻はハルヒの手にある。おそらく、SOS団の次なる問題は、その二冊目にあるんじゃないか。

「間違いないでしょう」

 古泉は断言し、紙袋から古い文芸誌を取り出した。

「先日読んだ限りでは、一巻目は”探索団”の年間活動記録です。その内容は我々SOS団の活動と日付レベルで一致している」

「ハルヒの持ってる文芸誌も活動記録で、俺たちの活動に似ているとしたら……」

「次巻は文字通り、我々の“予言の書”にもなり得ます」

「お前の説だと、前の世界の文芸誌が存在しているのはおかしくないか?」

「失敗を記録に残す必要があったからでしょう。同じ過ちを繰り返さないように。つまりあの文芸誌が涼宮さんの手に入ることは必然だったのかも」


 言い逃れだ。おまえがちゃんと冊数を確認していればこうはならなかったはず。俺は古泉の手から一冊目の文芸誌を受け取って、ぱらぱらと読み飛ばしてみる。

 不思議探索、夏のキャンプ旅行。8ミリフィルム製の映画撮影にまで手を広げ、文化祭は器楽演奏で飛び入り参加している。それから当時の将棋クラブと対戦して圧勝、年末のスキー旅行にお泊まり会……もちろん文集も忘れずに発行している。

 俺たちのエンドレス・サマーや年末の時空を巡る騒動は書かれていない。けれど、全体的に既視感のある書きっぷりだ。

 俺は文芸誌の裏表紙を開いた。発行年月日は二月末。ちょうど今頃だ。二月の記録には鶴谷山を巡る俺たちの穴掘り騒ぎに似た記載はない。書かれていないこともあるわけだ。


 コーヒーを飲み終えた古泉は空き缶をテーブルに置いた。

「最後の付箋のところを見てください。年末に一人の探索団員がインフルエンザで入院しています」

 俺が該当ページを開くと、部員全員によるお見舞いの記録がのっている。俺も年末は階段転落事件――ハルヒ視点で――で入院したから、入院したヤツが俺と同じポジションだったということか。

「その通り。このペンネームが“NWS”という人物が入院しています」

 ここまで一致しているとなると、俺にも見当が付いてきた。

「これって去年の夏に似てないか? 二週間じゃなくて三年単位でループしてるのか。あと二年で何かハルヒが満足するようなことが起きないとまた繰り返すとか」

「そこまでは僕も考えが及びませんでした。さすがに何度もタイムトラベルを体験しているあなたならではの意見ですね」


 そんなことはどうでもいい。

 もし俺の想像が当たっているなら今回は途方もなく脱出が難しい。去年のハルヒの願いが高校生らしい夏休みとしたら、今回はハルヒ的に満足できる高校生活、ってことになるのか。

「いったいどうやったら凉宮さんに満足していただけるんでしょうかね」

 古泉は深く溜息をついた。息が白く蒸散していく。なんとなく疲れがにじんでいるようで少しばかり同情する。

 俺はコーヒー缶に口を付け、濃厚な液体を口に含んだ。甘みが口に広がっていくうちに考えがまとまってくる。


 この件は俺たち二人で解決すべきだ。

 朝比奈さん的には四年前は存在しない。長門に頼る理由もない。困ると長門、という流れで俺の思惑しわく通りに進んだことなどあったろうか。

 昨日の夜、長門はすでに事態が進行していることを俺に告げたが、昨年末の事件もあって俺は長門をあまり刺激したくない気持ちもある。去年のことはしばらく心の奥底に沈めておきたい……まてよ?


「過去の恥ずかしい記憶なんかは誰だって封印したいだろう。黒歴史ってやつだ。ハルヒが封印したからには相当やばい過去なんじゃないのか」

 校門でバニースーツをまとう度胸、同じ服を着て文化祭のステージに立つ蛮勇を持ち合わせるハルヒが封印したからには、とんでもないバケモノ的事実があったとしても不思議じゃない。

「タイムカプセルかなんだか知らんが、俺は止めに入った方がいいと思う。まずは次巻の中身を詳しく確認しないとな」

 古泉は珍しく笑みのない顔でうなずいた。

 濃厚なコーヒーは体温を上げることに貢献せず、つま先も冷気で痺れ始めていた。俺は空き缶をゴミ箱に投擲し、部室へと向かった。



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