第5話 喫茶店にて

 駅前の喫茶店は閑散としていた。

 いつもなら北高生も含めてそこそこ人がいるはずだ。古くから駅前で営業していることもあって、年配のファンも多いらしい。記帳ノートに書き込みをする人もよく見かけるのだが、今日はノートのあるテーブルには誰もいない。

 無理もない。少しでも知恵のあるヤツならこんなに寒い日はこたつから出ようとは思わないだろう。そのうえ期末テストも近いんだ……と思い至り少々気が重くなる。少しでも早く帰って机に向かわないといけないのに。

 席についてしばらくメニューを眺めていた長門が

「アプリコット」

 と呟いて最後の注文が完了した。いつも同じ物を注文するのになぜ迷うんだろうね。



「キョン、タイムトラベルって信じる?」

「ふぁっ?」

 呼気ともつかぬ変な声が出たのは仕方ないだろう。古泉ですら一瞬身構えたくらいだ。朝比奈さんは目を見開いて小さな手で口元を覆っている。

 ハルヒの口からその言葉が発せられるとは。古泉か朝比奈さんなら話は別だがこの二人にしたって、みんなのいるところで話したりはしないはず。

「時代遅れのSFでも長門から借りたのか」

「有希に負担をかけるようなことはしないわ。で、どうなの?」

「実は俺もタイムトラベラーだぜ」

「嘘でしょ」

「生まれてから十六年後の世界にやってきた。十六年かかったけどな」

「あほらしい。あんたにはほんとにあきれるわ」

 俺はハルヒの方に体をむけた。こいつがどんな思いつきをしたのか知らんが、情報収集は身の助けだ。

「あたしが言いたいのは未来から過去に来たり、その逆をやることよ」

「…………」

 なんと答えていいものか。

 一度俺はこの喫茶店で、真っ正直に俺以外の三人の正体を明らかにした。が、ハルヒは全く取り合わなかった上に、俺に一喝いっかつしやがったのだ。

「なんで突然そんな話をするんだよ」

「ほら」

 ハルヒは、携帯の画面を俺に見せた。ネットニュースの地方欄のようだ。

”ようこそ未来へ タイムカプセル開梱かいこん”、とある。

 この街で一番古い中学校の校庭から昔の生徒が埋めたタイムカプセルを掘り起こしたという記事だ。もともと今年開ける予定であったらしく、卒業生がたくさん集まったという。中には未来の自分に宛てた手紙が入っていたそうだ。

「まあ、一種のタイムトラベルと言えなくもないが」

「この頃は廃校も多いからカプセルを埋めたりはほとんどやらないんだって」

「で?」

「実ははさ」

 ここでハルヒは得意げにニヤリと笑って、一冊の文芸誌をカバンから取り出した。

 えっ。これは古泉が持ってたはずじゃなかったのか。俺の目の前には古ぼけた本がある。劣化具合といい、和綴じなのも同じだ。だが表紙のイラストが古泉のとは違ってはっきりわかる。

「涼宮さん、これをどこで?」

「文芸誌をみんなで作ってたとき、あいつが持ってきた資料よ。最初は読む気は全然なかったんだけど、敵将の考えを知ることも大切でしょ? 後で読もうと一冊とっておいたの」

 なぜか俺はひやりとした。これはハルヒが読んではいけないのではないか。もしこれが古泉イベントの延長でなかったとしたら?


 ハルヒは意図的に間を開けるかのようにホットココアをひとくちすすってから、文芸誌を俺に渡した。

「実はこの文芸誌におもしろいことが書いてあったの。キョン、編集後記の最後のほうを読んでみて。みんなに聞こえるように声に出して」

「“残念ながら我らえある探索団の活動はいったん休止せねばならない。再会を期して、有志の支援によりタイムカプセルを封入する。四十年後、我々が夢を実現したあかつきに集結し、開封することとする”……って、まさか」

 思わず俺は末尾の発行年月日を見る。四十年後ってことは今月末だ。

「タイムトラベルというか、カプセルを探すんだな」

「過去の北高生からの時空を超えたメッセージね。おもしろいじゃない? というわけで、期末テストが終わったらさっそく探すことにするわ」

「あのう、それってあたしたちにむけられたメッセージじゃないん……じゃないでしょうか」

「朝比奈さんの言うとおりだ。カプセルの中身は俺たちじゃなくて、埋めた生徒のもんだろう」

 ハルヒは、ちっちっと指をわざとらしく振ってから、

「未来に向けて埋めたんだから、その子たちからみて未来にいるあたしが開いて何の問題があるって言うの?」

 いやそれもどうかとおもうが。

「とにかく、テストはテストでみんな頑張りなさい。カプセルはその後のお楽しみ。キョンも気合い入れなさいよ。赤点なんかとったら、裸でグラウンド十周だからねっ。……では解散!」


 喫茶店のドアをハルヒと朝比奈さんが通り抜けていく。例によって支払い当番の俺はあとになる。会計を済ませ、店外に出るとマグロ冷凍庫なみの冷気が襲ってきた。寒さに一瞬ひるみながらも俺は入り口の看板の影に潜むように立っている小柄な人物に気がつく。

 とっくに帰宅したかと思った長門だった。ダッフルコートを着て鞄を持ったまま俺を見上げている。

 俺と長門の間にはらり、と白いものが空から振ってきた。あり得ない。二月の末だぜ?

 一つ二つ……やがて途切れることのない雪。

 俺と長門は見つめ合っていて、唐突にたった二ヶ月ほど前のあのことを思い出す。俺は急いで頭を振って考えを切り替えた。


「長門」

「なに」

「タイムカプセルについてどう思う?」

「意味ある答えを出すにはデータ不足。ただし……」

 意味深なことに長門は言いよどんだ。だが俺には解る。こいつがこうなるのはほとんどの場合、人間の感情面にかかわることなんだ。ということは。

「もう始まっているんだな? ハルヒの何かが」

 長門は静かに首を縦に振った。



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